箱庭ラビリンス


迷うことなく、親指をキーに移動させる。何の話でも出れる気はせずに切ったのだ。


なのに。


「また……っ」


再び着信音。


それは繰り返される。切って鳴って切って鳴って。しつこいくらいに。


うるさいうるさい。耳が痛い。


「っ~~!」


苛立ちを抑えきれずに鞄を乱暴に放り投げ、椅子に座って何度目かのコールに応じた。先に折れたのは私だった。


「……」


只し、声など出さない。


暫しの沈黙が部屋にまとわりつく。此方にも彼方にも音はなかった。


『……もしもし?』


控え目に聞こえた訪ねる声。間違いなく母の声だった。



< 87 / 194 >

この作品をシェア

pagetop