箱庭ラビリンス


それが、奴の合図とでも言うように私の視界に黒い靴が入り込んできた。


「ほら未来。行くよ」


涙を拭う手を取り、立たせようとする。私がまた声を上げるのと同じか、それよりも早いか、手が手を打ち落とした。


「……へぇ」


アイツは何かに納得したかのような声を漏らした。何かは私には分からない。それでもいい。帰ってくれるなら何でも。


そこでようやく、彼はアイツに声を掛けた。少しいつもより低い声を出して。


「……何したいのか知りませんが、嫌がってますけど」


「そうだね。嫌がってる」


対照的にアイツの声は弾んでいるように聞こえて、気持ちが悪くて、肩もろとも体を抱えた。


「早く帰らないなら警察呼びますよ」


「――……ふっ、はははっ。それは勘弁。二回も未来に僕の人生壊されたくないし」


さっきまでしつこかったのが嘘のように、簡単に影が遠くに消えていく。足音も消える。


残ったのは私と彼、そして嫌悪のみ。




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