太陽と雪
葬儀から帰った頃には、とっくに22時を回っていた。


「眠いわ」


そう言ってはみたものの、今夜は眠れそうにないなと思った。


いつもの、天蓋付きベッドに横たわっても、眠れなかった。


どうしても、藤原のことが思い出されてしまうのだ。

「ぐすっ……」

目から涙が溢れた。


1人だった部屋に、ノックの音が響いた。


「俺だよ。
麗眞。

矢吹さんじゃなくて悪かったな」



「麗眞……?

何……?」


「ん?
姉さんのことだから、眠れないんじゃないかなって」


そう言ってから、部屋に入ってくる。



「寝ろって。

俺が一緒にいてやるから」



「それは別にいいわ。

でも、椎菜ちゃんはいいの?

私なんかと一緒にいたら、彼女が妬くのではなくて?」


「椎菜とは何もないって。

あの祭りの日以降、しばらく会えてないんだ。

向こうも忙しいんだろ。

獣医やりながら大学の教授もしてるし。

高校の友人の深月(みづき)ちゃんみたいに、何足もわらじ履いてよ。

身体が丈夫じゃないから、体調崩してぶっ倒れてないか、それだけが心配だ」



「とにかく、変なことしないでよ?」


「するかよ。

一応、弟だぜ?

何度も言ったろ。

俺が抱きたいのは椎菜だけ。

ってか、椎菜のこと思い出させるなって。

姉さんも分かってないのな」


何でかな……麗眞が来たから?

少し……気分が楽になった気がする。


そんな雰囲気を壊すかのように、内線が鳴った。


「お。
俺出るわ」


しばらく電話の向こうの相手と親しげに話していた麗眞は電話を切ってから言った。


「何だって?」


「んー?
親父から呼ばれたの。

行ってくるから、ちょっと待ってろ?」


それだけを言って、部屋を出て行った麗眞。


何よ……

麗眞まで行っちゃうの?


また一人じゃない。


そのとき、扉の向こうから、遠慮がちなノックの音が。


「彩お嬢様?

そっとしておこうと思ったのですが……やはり心配だったもので」


「入っていいわよ」



「お嬢様。

やはり、お休みになっておられなかったようですね……」


「悪い?」


「いいえ。
麗眞さまの前でも、お泣きになっていらっしゃらなかったようで、ご立派でした」


「まあね。
年下の前では、さすがに泣けないわよ。


ただ……矢吹の前では別よ?
温かいから。
貴方の胸でなら、思い切り泣ける気がするの」


「どうぞ。
悲しいことがおありのときは、思いきり泣くのが一番ですから」


矢吹が優しく抱き寄せてくれた。

その温もりになぜか安心して……

思いきり……泣いた。

「好きだったの、藤原のこと。

執事だとか、関係なく……

忘れたくないよ……

初めてだったの、初恋だったの……!

この人にならキスとか、されてもいいって思えたの、初めてだったの……」

言えなかった想いを、矢吹に吐き出した。

鼻水で言葉が途切れるのも、嗚咽で咳き込むのも構わず、ひたすら泣いた。

だからこそ、気付かなかった。


ドアの向こうで、軽く唇を噛みながら佇んでいる人がいることも。

それが、麗眞だってことも。


泣いている合間に、
矢吹が何か言ってくれた言葉さえも、耳に入ってこなかった。

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