太陽と雪
高校のときの記憶が蘇った。

あれは、高校に入学したばかりの頃。

俺が、学校に登校すると、1人の女子学生がすでに来ていた。
岩崎理名(いわさきりな)という名前だ。
入学式の途中にも、泣きそうな目をしていた女の子だ。
口数は少なく、言葉の端々に人への不信感が滲み出ていた。

何か家庭の事情でもあったのか。

今にも泣きそうなのを、泣くまいと必死に唇を結んで堪えているようだった。

いたたまれなくて、彼女を優しく抱き締めてしばらく自らの腕の中で泣かせてやった。

同じことを、そのしばらく後の宿泊学習でもやった。

その、煮え切らない態度が椎菜を不安にさせてしまった。

不安に囚われると、椎菜は仲間の輪から外れて1人になりたがった。

宿泊学習の日の夜のこと。

椎菜は、風呂上がりだというのに寒いくらいの夜風に当たり続け、気管支炎を起こして病室に担ぎ込まれた。

病院に担ぎ込まれる際、気管支炎を見抜いたのが他ならぬ、岩崎 理名だった。

医師であった母親をガンで亡くしたとは聞いていた。

養護の先生から聴診器を奪い、心音を聴く様子はついこの間まで中学生だったとは信じられなかった。


あの頃が、つい最近のことのような、錯覚に襲われる。

あの頃と、何も変わってないな、俺。


椎菜の目が俺の顔を覗き込んできた。

昔を思い出しながらも、目だけは椎菜の方を見ていたのだとやっと気づくことができた。


「麗眞?
大丈夫?

具合悪いの?」


「ちょっとボーッとしてただけ。
椎菜が気にすることじゃない。
大丈夫だよ。

いいから、ハヤシライス食え?
冷めちまうぞ」

俺は、完食した天丼の器を眺めていた。

今、目の前で泣く彼女に、何と声をかければよいかなんて、分からなかったからだ。

「ハヤシライス、食わないなら俺食うけど。
いいの?」

椎菜の前からハヤシライスの載ったトレーを奪い取り、スプーンで1口分を掬う。

「椎菜。
あーん、してみ?」

「え?

え、あの……。

私と麗眞、まだヨリ戻してないから恋人同士じゃないのに……

こういうの、緊張する……」

「いいから。
んな細かいこと、気にすんな?
ほら」

彼女の厚い唇近くにハヤシライスのご飯とルーを乗せたスプーンを近づける。

観念したのか、そっと口を開けた椎菜。

すかさず、その機を逃すまいとスプーンの先を差し込んでやる。

「どう?
美味いか?」

「あつい……
でも……おいしい……」


「ごめん……椎菜」

これが良いきっかけになったのだろう、ハヤシライスに、ゆっくり手を付け始める椎菜。

昔から、食細いんだよな、コイツ。

身体弱いの、そのせいでもあるんじゃね?


もし。

近い将来か遠い将来かは分からないが。

俺と椎菜が結婚することになったら。

彼女も、宝月家の人間となり、執事がつく。

栄養士の資格を持った執事がいたのを記憶している。

そいつを付かせるか。

そんなことを考えて、まだ見ぬ結婚生活にあらぬ妄想を始めようとした時だった。

< 168 / 267 >

この作品をシェア

pagetop