太陽と雪
椎菜の病室近くのナースステーションの前には既に高沢がいた。


「麗眞さま、相沢。

お待ちしておりました。

椎菜さまの病室はこちらでございます」


「高沢がわざわざ案内してくれるとはな…」


「当たり前です。

椎菜さまの主治医はこの私でございます。

お見舞いの方に道に迷われては困ります」


「……ありがと。

感謝してるよ。

宝月の専属医師だけでなく、椎菜のためにも動いてくれること」


「椎菜さまは次期当主の妻となられるお方。

今から支えるのは当たり前でございます。

こちらへどうぞ、麗眞さま。

椎菜さまの病室へご案内いたします」


「椎菜さま?
麗眞さまがいらっしゃいましたよ?」


今、サラッと次期当主の妻、って言ったよな。
聞かなかったことにしておこう。

高沢が気を利かせて、病室のドアをノックして椎菜に呼びかけてくれた。

勇気を出して、今度は俺が椎菜の病室のドアをノックした。

「椎菜?」


「麗眞……?」


「そうだよ。
俺以外、誰がいる?」


「いいよ?
入ってきて……

今、ずっと寝てたから、髪がぐしゃぐしゃだけど、気にしないでね」

病室に入ると、先ほどキャンパス内で会ったときは纏められていた髪が、解かれていた。

茶色の髪は、先ほどまで枕に押し付けられていたせいか、先端があちらこちらに跳ねている。

そんな姿も愛おしくて、抱きしめたいくらいだった。


「椎菜……平気?

ったく……無茶するなよ。

身体が資本なんだからな。

俺にあんま心配かけさせんなよ」



病室に入るなりそう言った俺は、負担をかけない程度の力を意識して、彼女の華奢で細い身体を抱き寄せた。


「やめてって……

昔みたいに、もっと、強くぎゅって、してもらいたくなるでしょ?」


こういうときの椎菜は素直だ。

そういうところが、可愛くて俺は好きだ。


「もっと嬉しそうな顔しろよ、椎菜。

俺と離れている間も、ずっと。

好きで好きで仕方なかったんだろ?
俺のこと」


「もちろん。

当たり前じゃない。

好きすぎて、毎日麗眞のこと考えて。

おかしくなりそうなくらいだったわよ。

街中で麗眞そっくりな人を見かけたら、危うく声かけちゃったりしたくらい。

とか何とか言っておいて、実は私のことなんかよりお姉さんが大事とかじゃないよね?

高校時代の同級生、美冬たちの結婚披露宴がクルーザーで行われたあの日、クルーザーの上に
麗眞がいるのを見つけて。

声かけたかったけど声かけられなくて。

クルーザーから降りるときによろけて転びそうになったのを支えてくれたのは麗眞、貴方だったわね。

でもお互い、ついこの間あのホテルの廊下で会うまでそれっきりで。

無理やり、麗眞にキスでもすればよかったのかな、あのクルーザーのとき」


「あのさ、椎菜。

俺がいつ、椎菜に向かって姉さんが好きって言った?

俺さ、そんなこと一言も言ってないけど?」



一呼吸置いて、さらに言葉を続ける。


「大体、好きな女以外にはクルーザーのときもさっきの大学のときもあんな助け方しないし。

世界一大事で大好きで、絶対に結婚したいと思える女じゃなかったら、もっと適当にあしらってるよ」

「え……ちょ、麗眞……
それ、今、言う?」


俺のサラッとした告白に、戸惑い気味の椎菜。

顔を赤くしながら俺の顔をじっと見つめて。

そうしたと思ったら俯いて。

それを何度も繰り返している。


「顔、赤いよ?
椎菜。
熱でもあるの?」


目を何度も瞬かせて、目を見開いて。
それを繰り返している椎菜。

「そんなビックリした?
ごめんな」

何か言いたそうに口ごもる椎菜。

落ち着けと言わんばかりに、椎菜の背中に回した手で、何度か彼女の背中を優しく撫でた。


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