太陽と雪
理名ちゃんがまさか……不妊治療とかいうことしてるなんて…

俺……全然知らなかったんだけど……

朱音さんが、申し訳なさそうに高沢の後ろから顔を出す。

「理名ちゃんね、拓実さんはおろか……

麗眞くんにも、知られたくなかったみたいなのよ。
分かってあげて?

女の子にしか分からない問題だから……」


何かを思い出すように目を伏せた朱音さん自身も、思い当る節があるのだろうか。

彼女の白衣の胸ポケットに付いている「三咲 朱音」と書かれた名札が突然吹いてきた北風に揺られた。

「うっとおしいなら、外せばいいじゃないですかその名札……」

「麗眞坊っちゃま、何をおっしゃるのです?

この名札は、とても大事なものです。

失くすと、信用問題に関わります。

この病院では、ですが」

それを肯定するようにうんうんと強く頷く朱音さん。

「何か……すみません……」

「いいのよ。
…それで?

理名ちゃんのことだったっけ?

知りたかったの」

窓際に何気なく寄りかかりながら、俺と目を合わせた朱音さん。

丁度、月と朝日が交代する時間だったから、顔の部分は影になってよくは見えなかった。

ただ、その表情はどこか憂いのあるものだった。

朱音さんより年下で、椎菜という婚約者がいるこの俺でも、朱音さんの伏せられたまつ毛からは、大人の色香が感じられた。

高沢がずっと……おそらく医大生時代から、朱音さんを好きなワケが、なんとなく分かった気がした。

朱音さんは、ゆっくりゆっくり、言葉が持つ一片の葉を選びとるように、理名のことについて教えてくれた。

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