太陽と雪
しばらくして、全く震動しない携帯にしびれを切らした俺。

相沢に頼んで車を出してもらって、椎菜のいる病院まで向かった。

日頃の疲れが溜まっていたらしく、つい車中で寝てしまったらしい。

「坊っちゃま、麗眞坊っちゃま。

ご到着致しましたよ」

地震でも起きたのかと思うくらい激しく揺り動かされて、ようやく目を覚ました。


「ん、俺、寝てたのか……
サンキュ、相沢」


「お疲れですか?」

「多分」

「もうすぐご到着致しますが、もう少しの間だけでもお休み下さいませ」

「そうする」

しばらくして、再び相沢に起こされた。
メール着信に気付かなかった。


ん?


メール受信BOXを見ると、理名からのメールが1通入っていた。


『風邪から来る肺炎の初見だけれど、
マイコプラズマ肺炎の可能性もある。

詳しくは先輩医師をかき集めて迅速に結果が出る検査法を使う。

心配なら貴方も来れば?」


言われなくても行くわ!
ったく……


理名ちゃんからのメールのおかげで、睡魔からは脱したからよしとするか。


「……行くぞ、相沢」

「はい。
参りましょう」

俺が来るの、絶対知ってたよな?

病院の入り口の自動ドアをくぐると、理名と高沢がいた。

「サンキュ、高沢、理名ちゃん。

2人がいてくれて、本当に心強いよ」

「こういうときのために呼吸器内科を専攻したのだから、これくらいは出来ないと」

誇らしげに言う理名だが、先ほどから瞳に憂いの色が伺える。

「……で?
お前も、何かあるんじゃねえの?

理名ちゃん。

さっきからたまに見せる顔が暗い」

「え?
何もないけど……」

「……そう?」

そんな風には見えない。

たまに、零れそうな涙をぐっと堪えるような仕草と目の動きを見せている。

泣くまいと、何度も瞬きしながら。

俺と椎菜を見ているときに、特にそうだった気がする。

何かあるんだろ?

言えよ……理名ちゃん。

「……高校のときからそうだったけど、強情なのな。

そこは何年経っても相変わらずだ」

そう、低い声で呟いた。

そしてそっと、救急病棟だからか、患者の気配すらない待合室の柱へ、理名ちゃんを追い詰める。

柱にそっと彼女の身体を押し付けると、口角を上げた笑みを浮かべて、その耳元でこう言う。

「言えよ。
な?

理名ちゃん……

さすがのお前でも……分かってるよな?
言わないと……どうなるか」


「麗眞くんには関係ない……」

ふーん……

そんなこと、言うんだ……

人がせっかく、高校の頃の同級生として心配しているというのに……

「それに……そんなことしたら……椎菜に怒られるよ?」

「拓実には、言えないよ……」


そう、今にも消え入りそうなくらいの、蚊でも出せないような声でそう言った理名。

その直後に、床にうずくまるようにして泣き崩れる。

「で?
何か……あったんだろ?
その、拓実と」

俺が支えて立たせてやる間にも、彼女は目の周りを真っ黒にしながら泣き続ける。

これじゃ……無理だな。

椎菜の病状やらその他について理名ちゃんから説明してもらうつもりでいたのに……

「理名、俺の言ってること、ちゃんと分かる?

いいから、顔洗ってこい。

それからゆっくり、話は聞いてやるから」


そう、優しく声をかけてやると、小さく頷いて廊下を重い足取りで歩いて行った理名ちゃん。

すると。

またまた思わぬ来客が。

「理名ちゃん、まさか……もう仕事してるの?
ゆっくりしてなさいって言ったのに」

「朱音さん……」

産婦人科医の、朱音さんだ。


「朱音さん……」

顔を赤いというより病人のように青くしてたたずむ高沢。

「どうも。
高沢。

今日は貴方に用があるのではなくて、椎菜ちゃんでもなくて、理名ちゃんに用があるの」


理名ちゃんに?
何でだ?

そういえば、朱音さんは産婦人科医だ。
それと関係があるのか?

「今日はね、結構強い薬打ったし、安静にしてなさいって彼女には言ったのよ。

ホント、お友達のためとなると見境なくなるんだから」

理名ちゃんにも何かあるの?

薬を打った?

理名ちゃん、具合が悪そうには見えないんだけど……

といっても、たまにメールのやりとりをするだけだから最近会ったことはない。

今日を除いて最後に会ったのは、3ヶ月前の高校の同窓会の日だ。

普段は誘っても仕事で忙しいと言って来ない理名ちゃん。

しかし、その日だけは同窓会に来たのだった。


そういえば、理名ちゃん、痩せたような気がする。
しばらく見ない間に……


もともと勉強の虫だったから腕は細かったが、余計細くなった気がする。

ストレスで痩せるなんて聞いたことないぞ……
仮にあったとしても、急に痩せるなんてありえない。

「仕方ないのよ……

変にストレスをかけると、ちょっと今の段階ではよくないの。

子宮筋腫も切除して薬打って、タイミングをはかる不妊治療がせっかくいいところまできてるから……」

ちょっぴりまつ毛を伏せた憂いのある表情で、そう言う朱音さん。

不妊治療って……

そんなことしてるのか?

理名ちゃんは……

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