太陽と雪
椎菜が退院した日。

一緒にお見舞いに来た椎菜の両親からとんでもないことを言われた。

「あのね麗眞くん、悪いことは言わないわ。

椎菜との結婚の話は、なかったことにしてくれるかしら?」


「え……」

唐突に言われたその言葉には、俺も椎菜も、返す言葉がなかった。

「ねえ、お母さん?お父さんも!

どういうことなの?

ねえってば!」


椎菜の両親の表情が、娘に向けるものとは思えないくらい、冷たかったのが、印象的だった。

俺はとりあえず病院を出て、車のこない場所で宝月家に電話をかけた。

「もしもし。

親父か?

いきなり……俺と椎菜の結婚を破談にしてくれって……

今しがた、椎菜の両親から言われたんだけど、親父はなにか聞いてない?」


『ああ、そのことなんだがな。

こっちも厄介なことになってるんだ。

早く帰って来い。

悪いが……麗眞にとっては酷だが、お前が帰ってこないとどうにもできないからな……』


「分かった」

俺はすぐに相沢の運転する車に乗って家へと向かった。

屋敷に帰ると、リビングに家族が集結していた。

「親父?」


「おお麗眞。
帰ったか」



親父も、急いで帰ってきたらしく、額から汗が滝のように流れている。


「で?
どうしたって?
厄介なことって、何があった」


「さっき、こんな手紙が家に送られてきていたんだ」


『宝月麗眞と矢榛椎菜の結婚の話を破談にしてやった。
なお、300万円、明後日までに払えば撤回してやる』



何だコレ。
脅迫状じゃないか。


「ふふ。

相変わらず、あのババアは悪趣味ね。

その封筒、特殊なライトに透かして浮かび上がったアルファベットのG。

その周りを取り囲む2匹の竜……

間違いないわ。

この茶番の仕掛け人は私の母よ。

……ムカつくわ。城竜二家……

人の幸せを跡形もなく壊すのが楽しいのよ。

アイツはサイコパスよ。

とんでもない奴の娘に生まれたものだわ、私も」


そう言いながら、姉さんの親友と豪語する美崎が登場。

彼女は、白いTシャツに黒いハイウエストズボンを履いているかのように見えるつなぎを着用している。

いつもなら無駄にボディラインを強調した服装をしているくせに。

いつもの服装をしてくれてもオレは椎菜以外には欲情しないし、構わないけど。

しかも、見せしめのように一緒に送られてきたボイスレコーダーには、こんな音声が入っていた。


『一時期、よく会って相談に乗ってもらっていたので、その時、いろいろ椎菜ちゃんに関する愚痴を言ってて。

まあ、成り行きでそういう行為まで発展しちゃったので、その時の子です……

今お腹の中にいるこの子は……麗眞くんとの子です』


なんだコレ。

レコーダーの音声には聞き覚えがあった。

今、非常勤で護身術を教えている椎菜の大学の女の子だ。

俺に気があるのが分かりやすすぎる子だったからよく覚えている。

本人は一生懸命演技をしたつもりなのだろうが、「麗眞」「くん」の間に不自然な間があった。

普段の癖で「先生」などと口走ってしまわないよう、意識を集中させすぎていたため、そこまで気が回らなかったのだろう。

墓穴を掘っていた。

なるほど、俺と椎菜をさりげなく、本人たちに分からないようにストーキングしている辺り、城竜二家とやらの現当主は相当悪趣味だ。


俺はおもむろにそのボイスレコーダーを床に叩きつけるように放り投げた。



「ったく……。

こんなありもしねえガセネタでっちあげてわざわざ当人に知らせるとかただのバカだろ。

宝月家を敵に回すと怖えぞ?」


「ふふ。
そんな低い声になっちゃうくらい、物に当たるくらいキレる麗眞、何年かぶりね?
見たの」


いつの間にか起きてきていた姉さんにそんなことを言われた。


「安心しなさいな。

何のために他家の私が宝月の家に引っこ抜かれたと思っているの?

こんなことをするのは、あの女一人。
必ず証拠を掴んでやる。

……逆に、麗眞くんに申し訳ないわ。

私がいながら、こんなことになってしまって」


「大丈夫よ、麗眞。
あんなもの、ガセに決まっているでしょう?

貴方と椎菜ちゃんの見てて暑苦しい……

いや、微笑ましいくらいの仲の良さなら、皆知ってるわ」


「ありがと、姉さん、美崎さん」



昨日の、あのやりとりをこっそり聞いてしまって以来、俺はあんなに毛嫌いしていた美崎さんのことをいい人だなと思うようになっていた。



そんな美崎さんは、親父を連れてどこかへ出かけて行った。






< 203 / 267 >

この作品をシェア

pagetop