太陽と雪
それから、1、2時間経った頃だろうか。

とっくに陽は落ちて、空が暗くなり始めている。

親父と美崎さんが屋敷に帰還した。

「何してたんだよ、親父も、美崎さんも」


「ん?

いろいろ、やることがあってな。

美崎さんがいないと不都合なことがあったんだ」


「ふーん」


まあ一応、城竜二家の事情には一番詳しいしな。


「ちょっといいかしら?

彩と麗眞くん」


美崎さんが俺と姉さんの名前を呼ぶ。


「二人には、私と蓮太郎さんがどこで何をしてたか、知っておいて欲しいのよ」


「……相沢」


オレの執事の相沢に目配せすると、それだけで、オレの意思を汲み取ったようだ。

空き部屋にオレたちを案内してくれた。

そこは、いつものオレや姉さんの部屋とは違い、真っ黒なカーテンと、それにそぐわない明るさの電球が印象的な部屋だった。

「……皆様方、ご安心を。
こちらの部屋からは、ある特殊な電波が出ております。

どんな種類の、あらゆる盗聴器も仕掛けることができないお部屋となっておりますゆえ、御内密なお話をされるにはうってつけでございます」

やはり、俺の執事は優秀だ。

あの目配せだけで、俺の考えを理解してくれたとは。

静かに一礼して出て行った相沢の背中を眺めながら、俺はそう思った。


「それで?
美崎。

私たちに話って?

結構深刻な話なのでしょう?

さっきから、眉間にシワが寄っていたわよ。

貴女がそういう、シリアスなことを話すときはそうなるのよね。

親友の癖くらい分かるわ」

「さすが彩ね。

彩にはお見通しだったのね」

美崎さんが姉さんに微笑みかけた後、真剣な表情に変わった。

数秒前まで上がっていた口角はキリリと引き締まっている。


「それでね、さっき、私が蓮太郎さんとどこに行っていたかというと……

麗眞くん、貴方の婚約者、椎菜ちゃんの家なの」


「椎菜の……?」


「きっかけは、私たちに詳細に、椎菜ちゃんの両親の様子までを話してくれたときだった。
貴方はその時、こう言ったわよね?

『実の娘に向けるものとは思えない、氷のような瞳をしていた』って。

私が着目したのはまさにそこ。

私の母が開発した、クスリの作用なの」


「そのクスリって……?」


「そのクスリを使われた人の性格や考え方、人格さえも180度転換させるクスリよ。

ついでに言うと、判断力もかなり鈍らせる」


「麗眞の話で、そのクスリが使われたと判断した。
そして、美崎が実際に出向いて、椎菜ちゃんの両親の様子を確認した……

そういうことね?」


「ええ、そうよ?
彩」



「人格さえも変わっている。

それならきっと、仲が良かった人とか、家族のことさえも自分にとって脅威の存在としか思わないはずなの。

そう思って、私と蓮太郎さんで椎菜ちゃんを保護してきたのよ。

娘の椎菜ちゃんにも危害を加える可能性もあるしね。

実際、危なかった」


「危なかった……?

おい!
どういうことだよ……」

思わず立ち上がる俺を、姉さんが止める。

「落ち着きなさいな、麗眞。

話は最後まで聞くものよ。

気持ちは分かるけど」

「悪い。
続けてくれ」

「暴力を振るわれそうになってたわ。

さらに、両親によって記憶を混乱させる危険な薬品まで飲まされる寸前だったし。

良かったわ、早めに行って」


「美崎さん。

ありがとうございます。

本当は……俺が行くべきだったのに……」

俺の言葉に、彼女は首を横に振った。


「今の椎菜ちゃんの両親はきっと、貴方のことも危険な存在だと思っているはずよ。

その例のクスリは、人格も変えるけど、”自分自身以外は敵だ”という強い妄想を植え付けるの」


「え?
そうなの?」


「ええ。

全く……城竜二財閥は忌々しいわ。

こんな危険な薬を作れるのも、裏社会との密接なつながりがあるからよ。

裏社会の人間に需要があるから。

こういう、危険なクスリは。

犯罪の道具に使うのにうってつけだもの」


「美崎は、その城竜二財閥にはびこる闇を払拭したいんだよね?

だからわざわざ、一時的ではあるけれど宝月家の一員になったんでしょ?」


その姉さんの言葉に強く頷いた美崎さん。

その時、部屋の内線電話が鳴った。

出てみると、高沢からだった。

美崎に受話器を渡すと、分かった、と言って彼女が電話を切った。

「高沢、何だって?」

「あのね、念のため、椎菜ちゃんが飲まされそうになったクスリの効果を無くすものを高沢さんに渡したの。

薬に免疫がない子は、香りだけでも効果が強く現れてしまうことがあるから。

それがちゃんと正しく効いたかどうか?
チェックしてほしいんだって。


「ってことで、ちょっと出て来るわ。

チェックが終わったら、内線で麗眞くんを呼ぶわね?

椎菜ちゃんに関しては貴方が一番、心配でしょうから」


手をひらひらと振って出て行った彼女。

その仕草からは、お嬢様としての気品の高さが感じられた。


それから、数分後。

部屋の内線が一定の機械音を鳴り響かせた。

このタイミングでの電話は美崎さんからだろうと、俺が自ら受話器を取った。

案の定、彼女からだった。


「もしもし。

ああ、美崎さん?」


『麗眞くんね。

椎菜ちゃんに異常は見当たらないわ。

クスリの効果はとっくに切れていたみたい。

高沢さんのお部屋にいるから、行ってあげてほしいのよ。

貴方に会いたくて仕方ないみたいだから』


「……わかりました。
ありがとうございます」

俺は部屋を出て高沢の部屋に向かった。





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