太陽と雪
しばらくして、高沢がバタバタと慌ただしく作業をし始めた。


「どうやら、美崎さまが脚を撃たれたようでございます。

オーストリアに飛んで、様子を見てまいります」


「美崎が?
何でよ!」


「どうやら、美崎さまご本人の推測通りでございました。

あの御曹司の当主に依頼して、お嬢様を政略結婚させようとしたのは、美崎さまの義母であるようです」

「それが納得いかなくて、ずっと秘密裏に見張っていたのね……

奇跡よ。

こんなにいい子が私の友達って。

ちゃんと治療しなさいね?
……高沢。

もし美崎の傷が治らないとか言ったら……
承知しないから」

「わかっておりますよ、彩さま」

「……彩お嬢様?

高沢と一緒に、美崎さまのところに行ってもよろしいのですよ?」

私に気を遣ってくれているらしい矢吹。

「……結構よ。

美崎の痛々しい姿なんて見たくないわ。

元気な美崎の姿が見たいの。

それに、今は貴方が心配だし、機内で高沢と二人きりなんて嫌よ。

二人きりになるなら貴方がいいわ、矢吹」

「ひとつだけ、わがままを仰っていいですか?
彩お嬢様」


「何よ。
早く言ってごらんなさいよ」

矢吹が自らそんなことを言うなんて、かなり珍しかった。

「彩お嬢さま。

これからも、ずっと私の傍にいてくださいませ」

耳元で、そんなことを言うもんだから、心臓がうるさいくらいに音を立てる。

「はあ?

今更何言ってるのよ。

そんなのはわがままとは言わないわ。

私、いつまでも過去を引きずる性格じゃないの、貴方も知ってるでしょ?

もう、藤原のことは吹っ切ったからね。

貴方が辞めたいとか言っても辞めさせてやらないから」

「辞めませんよ。
私は、ずっとお嬢様のそばにおります」

凛とした表情でそう言った矢吹。

背中に回る彼の手に、力がこもった。

もっと強く、ぎゅって、してほしい。

そう言いたかった。

私、どうかしてる。

「約束しなさい、矢吹 涼。

もう二度と、こんな危ないことしないって。

貴方がまた、藤原みたいな目に遭うのはごめんだわ。

私の傍から貴方がいなくなったら今度こそ寂しくて泣くわ、きっと」


「ふふ。

可愛らしいお方だ、宝月 彩お嬢様は。

お望みのままに。

約束しましょう、お嬢様。

ただし、お嬢様が危険な目に遭いそうなときのみ例外ですがね」

彼の唇が、ほんの一瞬だけ。

私の耳に、触れた気がした。

くすぐったいが、触れたところだけが熱を持っていた。

「お休みくださいませ、彩お嬢様。
お疲れでしょう。

貴女まで体調を崩されたら、元も子もありません」

「……嫌よ。
矢吹。

貴方が、私が寝るまで……
ううん。

寝てからも傍にいるというのなら、構わないけれど」

なぜか、突然、言いようもないくらいの寂しさに襲われた。

だからなのかもしれない。

いつもは絶対言わないような甘えのセリフが出てきた。

「仰せの通りに致しましょう」

矢吹は、私をいつかみたいに軽々と抱き上げた。

いつも私が眠っているベッドに私を降ろす。

「失礼致します」

私に布団を掛けると、同じベッドに入ってくる。

そりゃ、私の執事だから、変なマネはしないだろうけど。

で?

この極度の緊張状態のなか、どうやって寝ろと?

彼に背中を向けながら、あらぬ妄想をしていた。

このまま、キスとか、されてみたい。

その後は、どうなるのだろう。

気が付けば深い眠りに堕ちていた。


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