太陽と雪
「あ、お久しぶりです、遠藤教授!

私たちが、一番よくカナダでの出来事を知っているから。

それで本日は呼んでくださったんですよね。

ついでだから、麗眞くん、後で招待状もらえるかしら。

美冬と小野寺くん、(みどり)成司(せいじ)くん、琥珀には無理だけど、理名や華恋(かれん)には渡しておくわ」

相変わらず気が利くな。

そこは高校の頃と何ら変わっていない。

遠藤さんに晴れやかな笑顔を向けつつ、きちんと俺への気遣いも忘れない。

「自分の責任を棚に上げて、椎菜だけのせいにするつもりはない。

このままでいたい、って珍しく甘えてきたんだよ、あの日の椎菜。

離れる前くらい、ちゃんとワガママを聞いてやりたくてな。

椎菜を抱いた後で、繋がったまま2人で寝たからな。

思い当たる節はそれだけだ。

その後に間を置かずに身籠ったなら、その時のだろう。

とにかく、観光と旅館での食事のとき以外は、彼女を抱くことしかしてなかったし」

「ホント、宝月家の男って……
性欲強すぎだろ。

麗眞、お前の親父さんと被って仕方ない」

遠藤さんが、小さく嘆息した。

その横で、深月が無言でイヤホンのささった機械を渡してきた。

俺と、俺の同級生なら皆持っている盗音機だ。

録音日時は、7年前の6月になっている。

椎菜の嗚咽混じりの泣き声が2分ほど続いた。

その後、泣いたあとだからなのか、鼻声の声が聞こえた。

『……ねぇ深月。

もうちょっと大人だったら、この子、ちゃんと産んであげられたかな。

バカだよね。

麗眞と離れたくないからって、繋がったまま寝たい、ってねだったり。

ピル飲み忘れたり。

まぁ、京都の旅館にもちゃんと持ってきていたし、気付いてすぐ飲んだのよ。

可能性としては五分五分だったのよね。

わざとじゃなかったんだけど。

気付いたのが遅すぎたし、2錠飲み忘れたからなぁ。

麗眞だけのせいじゃない、私のせいでもあるんだよね。

このこと、本当は直接、あのカナダの時に伝えたかったんだけど。

日記にしか書けなくて。

麗眞は、彼さえ望めば次期当主。

スキャンダルで悪いイメージつくなんて以ての外、でしょ?』

流産のことを言えなかった理由はそれか。

俺に言わずに、たった一人で、その華奢な身体に重い事実を背負い込んでいたなんて。

交換日記に、寺の場所と地図が書かれた紙が挟まっていた。

当時はこれが何を意味するのか、全く分からなかった。

今ならば、その意味が分かる。

ここに、見ることは出来ないままだった俺と椎菜の子が永眠しているのだ。

無事に産まれて育てていたら、小学校3年生くらいだろうか。

「なぁ、特に深月ちゃん?

そういうの詳しいだろ。

小学校くらいの子供、ってどんなことして遊ぶことが多いわけ?

ちゃんと、空の上で遊ぶのに不自由しないものをお供えしてやりたいな、って思ってさ」

俺の口から、自然に言葉が滑り出ていた。

その時教わったものを、相沢に付き合ってもらって買い込んだのは昨日だ。

そして、今日。

相沢には送迎だけにしてもらい、俺が1人で寺に入る。

そして、買い込んだものをお供えするのだ。

「麗眞坊っちゃま。

いつまで、物思いに耽っていらっしゃるのですか。

到着いたしましたよ」

「ああ。

ありがとうな、相沢。

行ってくる」
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