太陽と雪
水子供養を終えて、近くの公園で休もうと向かう。

後ろから鈴の音みたいな声で、名前を呼ばれた。

「麗眞!」

声ですぐに分かる。

俺を呼び止めたのは、椎菜だ。

ふわり、と風に乗って、なんとも言えない爽やかかつ優雅な香りが漂ってきた。

俺が高校生だったときに、記念日のプレゼントとしてあげた香水。

確かそんな香りを放つものだった。

間違えるはずがない。

もう帰ってきたんだな。

「麗眞!

待ってよ!

麗眞に言いたいこと、たくさんあるんだから!」

「椎菜。

近くに大きい観覧車がある広い公園があるだろ。

昔、1度だけデートした記憶があるけど。

そこの公園に入ったところのベンチにいる。

ゆっくりでいいから、用事が済んだら来てな」

椎菜にそう告げると、彼女は無言で首を縦に振った。

見慣れない男の人が、椎菜の様子を車から見守っているのが分かった。

俺に気付いた男の人は、ペコリと俺に頭を下げると、桜木 桂太(さくらぎ けいた)と名乗った。

その名前には、聞き覚えがあった。

「初めまして、宝月 麗眞です。

もう少ししたら、椎菜は俺の妻になります。

貴方の息子さんの桂吾(けいご)さんとは同級生でした。

椎菜の専属執事として、彼女と一緒なんですよね。

おそらく、今は貴方との距離感を必死に測ってる最中だと思います。

じきに人懐っこく何でも話してくれますよ。

それまでは、気長に付き合ってあげてください」

「ふふ。

嬉しいお言葉をありがとうございます。

ウチの息子に椎菜お嬢様の執事になることを言ったら、ポカンとされましてね。

くれぐれも、麗眞さまには気をつけろと言われましたよ。

当時から、麗眞さまと椎菜お嬢様の仲は全校生徒……いや、学園中に知れ渡っていたようですし」

「桜木さん、これからどうするの?

ここでずっと、椎菜と俺を待つ感じですか」

「もちろんでございます。

椎菜様お嬢様から、麗眞さまにお話があるとか。

2人の時間を邪魔するほど、野暮ではございません。

椎菜お嬢様より、連絡が来た際に、お2人をお迎えにあがります。

椎菜お嬢様も、私と2人より、麗眞さまがいたほうがいいでしょうから。

秋めいてきて冷えてまいりました。

お話が終わったら、お屋敷にて暖を取ったほうが良いかと思いまして」

「さすが、桂吾さんの息子。

物分りの良さは、父親譲りだったんですね」

桜木さんは、いい椎菜の執事になりそうだ。
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