太陽と雪
どれくらい泣いていたんだろう。

「彩お嬢様?

大分落ち着いたものとお見受けしましたが……
いかがでございますか?」


「あ……うん……大丈夫みたい。
ありがと、矢吹」

確かに……涙は止まっていた。

矢吹の服が涙でびしょびしょなのがその証拠だ。


「お気になさらず。

ときに、彩お嬢様。

麗眞さまのお姉さまであるのに、ご存知なかったのでございますね。

なぜ、麗眞さまが刑事という職をお選びになったのか……」


「知るわけないでしょ?」


理由その1は、パパの影響。

さもなくばパパの姉、私にとっては伯母の茜さんの影響。

彼女も鑑識官だ。

今は、チームをまとめる指揮官をこなしているようだ。

「お嬢様。
他ならぬ、お嬢様のためなのでございますよ?」


「わ…私……?」


今、麗眞は27歳。

彼自身、まだ小さかった頃は、通訳になりたいと言っていた。

パパやママも反対しなかった気がする。

「私の……ため?」


麗眞が15歳のとき……藤原が亡くなった。


「麗眞さま……

いいえ、正確にいえば……彼の執事の相沢の私見ですが。

彼曰く、藤原さまの死亡状況に違和感があったそうです」


「死亡状況に……?」


「はい。

お嬢様は彼とかなり長い時間を共にされていらっしゃいました。

彼の異変……。

気付いたのではありませんか?」


藤原との日々を……ゆっくり思い返す。

思い当たることがあった。

私が服を着替えた後、呼びに行ったとき。

部屋の向こうから、激しい咳が聞こえてきたことがあった。

部屋の外から大丈夫かと呼びかけたほどだ。

しばらくしてから、私の部屋に来た。

それだけではない。
私が、仕事帰りに藤原をカフェで待っていたとき。
車は停まったのに、藤原はしばらくしてから私のいるカフェに姿を見せた。

「発作みたいな感じで、苦しそうに咳してたときはあったけど」


「お嬢様。
彼は喘息と気管支炎を併発していたのでございます。

おそらく、事故に遭われる数十分前に薬を服用したのでしょう。

というのは、損傷が激しい遺体を、無理を言って司法解剖した結果、それがわかったのでございます。

しかしながら、その吸引器が現場や、彼の運転していた車、彼自身の遺体からは見つかりませんでした」


一呼吸置いて、矢吹が続けた。


「その点に麗眞さまは疑問を持ち、刑事として捜査をすることを決めたのでございます」

彼は、確か物心つく前の幼少の頃に2年間しかいなかったカナダで、ちゃんとした教育を受けたくて、わざわざ行ったのだと思っていた。

向こうで刑事になるために勉強までしていたなんて。

しかも愛しの彼女である椎菜ちゃんを日本に置いてまで。

全然、知らなかったよ……

なのにヒドイこと言っちゃった。

ごめんね……麗眞……


「矢吹。
麗眞……まだ食堂にいるかしら」


その一言で、私が何をするつもりかは、矢吹には分かっているみたいだった。



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