太陽と雪
「ねえ、矢吹?

貴方……何で分かったの?

私が部屋のお風呂じゃなくて、大浴場のほうにいる、って。

私、貴方に何も言っていないわよ」


「ついででございます。

私、ある目的のためにこのホテルの顧客情報をハッキングいたしました。

麗眞さまのためなのでございますが。

その際に、お部屋に彩お嬢様がいらっしゃらないことは分かっておりました。

ハッキングの次第によっては、簡単に分かるのでございますよ。

宿泊客がホテル内のどこにいるのか、ということが」

「矢吹、言っていることが怖いわよ……」


「そ…それは失礼致しました。

怖がらせてしまいましたか……

昔、私はアメリカの国防総省で働いておりましたもので……」


「ち……ちょっと待ちなさい。

矢吹、貴方、あ……アメリカ国防総省……
ペンタゴンで働いてたの?」

そんな情報は、今初めて知った。


「さようでございます。

国内外のあらゆるサイトをハッキングし、サーバーに侵入して、国益に不利になる情報はないかチェックすることが仕事でございました」


「だから…詳しいのね。

パソコンとか、セキュリティとかいろいろ。

そっち詳しいなら……経済のほうも勉強しなさいよ!

株価が分かると得よ?
株価から……分かったりするのよ。

その国が……次にどんな産業やサービスに力を入れるか……ね」


「そうなのでございますか。
前向きに検討致します。

ところで、お嬢様。
ご存知でしたか?

今、お嬢様がお召しになっていらっしゃるお洋服のことでございます。

背中にファスナーが付いておりますよ?
そちら……開いておりますが……」


「えっ……
きゃあっ!」


ベッドにいる自分の後ろ姿をドレッサーの鏡で確認してみる。

ホントにファスナーが開いている。

どおりで、寒いと思ったわ。
逆上せた身体にはちょうど良かったけど。

目の前にいるのが矢吹で心底良かった。

お盛んな我が弟、麗眞が目の前にいたら何をされるか。

まぁ、彼は私ではなく、彼の幼少期からの付き合いの女の子、椎菜ちゃんに夢中だが。

それにしても、今のこのはしたない姿は彼から何か言われても何ら不思議はない。

「矢吹!
貴方……私の執事でしょ?
なんとかしなさいよコレ!」


そう言いながら、仕方がないので後ろを向いてやる。

「かしこまりました。
お嬢様、仰せのままに」

言うなり、背中のファスナー閉めてくれる矢吹。

ファスナーの金具と、矢吹の手が直接肌に当たるからくすぐったいのよね……

「ちょっ……やっ…あっ……」

お嬢様らしからぬ、甘い声が漏れる。

自分の声じゃないみたいだった。

こんな声を聴いたら、同性でも変な気を起こしそうだ。

「もう少しの辛抱ですから、お嬢様。

完了いたしましたよ。

よく耐えましたね。
さすがは彩お嬢様です」


なんて言って、頭を撫でてくれる。

あの……私……もう30なんですけど?

子供扱い、しないでほしいわ。

そんな扱いをされると、胸の奥が締め付けられる。

矢吹。

貴方には、私を年相応の、大人の女性として見てほしいのよ。
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