太陽と雪
「疲れた!
もう寝る!」

そう言いながら、着ていたコートを脱ぎ捨てると、スーツのままベッドに倒れ込む。

「彩お嬢様。

お疲れでしたら、昼食のお時間まで1時間ほどございます。

お休みになってはいかがですか?」


私が脱ぎ捨てたコートを丁寧にハンガーに掛けながら、そう言う矢吹。


「じゃあ、そうするわ」


「スーツがシワになりますので、お休みになる前にお着替えください」


言うことはそれだけ?

『外におりますので、着替えがお済みになりましたら、お呼び下さい』


とかはないワケ?


「いつまでこの部屋居る気なのよ!」


「私はいつでもお嬢様の側におりますよ?
お嬢様の身に危険が及んでは……」


その台詞回し……朝も聞いたわね。
耳タコよ。


「わかったわよ……
早く着替えるから、後ろ向いててちょうだい」

仮にも異性だ。
裸など見られたくはない。

ましてや、彼氏でもなんでもないのだ。

黙って一礼する彼を視界の隅にとらえてから着替えを完了させる。

至るところにレースが施された白いベアワンピにヒールの高い黒のブーサン。

「……もういいわよ。
矢吹」

「では……適当なときにお呼びしますので」

矢吹はそれだけ言うと、ベッド回りのカーテンを閉めて、電気を消してから部屋を出た。


前の執事、藤原は……こうではなかった。

私が着替えるときまで側にいてくれたりはしなかった。

着替えを終えると、私が自ら藤原の部屋のドアをノックして呼びに行ってたわ。

なんなのかしらね、私。
矢吹がいても前の執事の藤原のことが浮かぶなんて。

私……藤原のこと……?
好き、だった?
1人の男性として?

まさか……ね。
そんなことはありえないと思っていた。

主従関係。

それは無視してはならない。
それがある限り、恋愛なんて出来ないのだ。

世の理を無視した関係に、まさか私が溺れるなんて。

あるはずがない。
あってはならない。

藤原と矢吹の顔が、交互に浮かぶ。

『彩お嬢様、執事として、いいえ。

一人の男性として、貴女様のお傍にいたいのです。

契約違反なことは分かっておりますが、私と恋人関係になっていただけますか」

その台詞が、藤原と矢吹の声で脳内再生される映像が頭に浮かんだ。

そんな台詞を言われるのは、果たして何年後になるのか。

それを頭から消すように、ふるふると何度も被りを振った。

チクリ、とトゲが刺さったような胸の痛みには気付かぬまま、私は眠ってしまっていた。
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