太陽と雪
「彩さま。
……彩お嬢様」

耳元で聞こえる、α波でも出ているのかと思うくらい、透明感のある声。

私の執事の声だ。

藤原ほど低くはない。

音階で言うとファの声が、やけに耳に優しく届いた。

そっと目を開けると、整った高い鼻と少し小さいが丸い目が、うっすら見えた。


「ん……
矢吹……?」


「はい。
彩お嬢様の執事、矢吹でございますよ。

いい加減、お目覚めくださいませ。

昼食のお時間でございますよ?」

そう言われて、傍らの時計を見てみる。

既に時計の針は13時を指していた。

疲労というのはこうも人間に睡眠をとらせるものなのか。


「ごめんなさいね。
2時間も寝ていたなんて。
自分でもビックリだわ」


「よくお休みになられていたようで。
相当、お疲れだったのですね」

そう言うと、矢吹は朝のように、私を見つめて微笑んでいた。


「何よ。
……そのやけに爽やかな微笑みは。

危うくちょっと胸が高鳴ったじゃないの。

逮捕するわよ?
一般市民の私には、そんな権限ないけど」


「いえ。
彩お嬢様がいつもそのように素直な方でしたら、扱いやすいのかなと想像していただけでございますよ。

彩お嬢様は昔から奥様に似て強気で意地っ張りであらせられる。

ですが、寝起きだけはやけに素直で、時々甘えてきて……。

そこがまた、彩お嬢様らしくて素敵でございます。

私の鉄の理性にも感謝してほしいものです」


自分では全くといっていいほど自覚がない。
強気で意地っ張りなのは自覚済みだけど。

っていうか……この執事、さりげなく……
『素直だったら扱いやすい』って言ってない?


「……矢吹。
どういう意味よ?

その言い方だと、私が素直じゃないから扱いにくいみたいじゃない!

だったら……矢吹も。

言いたいことがあるなら言いなさいよ!!

そうやって……いつもいつも言葉を濁すの、人間としてどうかと思うわ。

前の執事の藤原は、自分の言いたいことはハッキリ言ってたわよ。
たとえ主にとって不都合なことでもね。

貴方みたいに、私を車の近くで待ってたり、着替えの最中にも部屋にいたりっていうことはなかったけど!」

私がそう言ったとき、どこか寂しそうな瞳をした矢吹がいた。

……だけど。
さっきのは幻だったのではと思うほど、すぐにいつもの表情に戻る。


「急ぎますよ、彩お嬢様。

早く食堂に降りませんと、せっかくの昼食が冷めてしまいます」

いつになく真顔でそう言う矢吹に連れられて理由が聞けなかった。

いや、聞いてはいけない気がした。

部屋中にシャンデリアがある、吹き抜けのダイニングに向かうべく、彼の後をとことこついて行く。


ねぇ、矢吹?
何で今、あなたは……そんな瞳をしたの?
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