。*雨色恋愛【短編集】*。(完)
あの日…

ていうか、あいつと出会った日。

「青葉先輩の声、すっごくカッコイイです。

青葉先輩は、声優とかになった方がいいと思

いますよ」

そう言ったあいつ。

名前は…由依≪ゆい≫だった。

後輩の由依は、その時、生徒会でやっていた

放送の声を聞いて、好きになったとか言って

た気がする。

俺は、恋に興味がなかった。

俺は、なんににも興味がなかった。

女もスポーツも、もちろん勉強も。

だから、俺が由依の告白を受けたのは、俺自

身も驚いていた。




「光輝っ」

俺が由依に勧められた通り、声優をやってい

た頃。

…そういえば、生徒会長なくせに、そんなこ

とやってるなって教頭に怒られた記憶がある

ような気がする。

「由依、どうした?」

「ねぇ、明日も仕事なの?」

「あぁ。明日も新しいアニメの収録あるし。

仕事だけど?」

「…最近光輝、あたしといる時間短い」

「しょうがないだろ?仕事だし」

「女心、少しくらいわかってよ!!」

そう言い捨てて、走り去ったこともあった気

がする。

…俺の記憶って、曖昧だな。

今思うと…

由依と奈央は似てる気がする。

天然だし、アホだし。

…世間一般的には、可愛いし。

だけど、違ったな。

今の俺にとって、由依は一番思い出したくな

い顔だ。

その理由は…

ただ一言で、俺を全否定した言葉。

「光輝、女心が全くわかってないんだよ!!あ

たしが、光輝に会えない間に、どれだけ寂し

かったと思う?光輝の声が聞きたくて聞きた

くて…それでも、会えないし。聞けない」

「だから、仕事だって…」

「そうだよ!仕事だと思って、我慢してた。

けど、もうわかったの」

「は?なにが?」

「あたし、光輝の声が好きなの。仕事、声優

でしょ?あたし、光輝のファンになることに

した」

「なにが言いたいわけ?」

「あたしは、光輝が好きなわけじゃない。光

輝の声が好きだから。だから、カレカノの必

要はないってこと。じゃあね、光輝」

そう言って、いなくなってしまった由依。

…なぜか空しくなった。

なんていうか…たぶん。

俺、最初は由依に感謝してたから、付き合お

うって思った。

けど、付き合ってるうちに、好きになってた

のかもしれない。

そんな奴に…

俺じゃなく、俺の声が好きとか言われたら、

なんか自分の存在を否定されたみたいで。

俺って、所詮は架空の人物なんだって。

俺は、実際に存在しているようで、存在して

いない、半透明人間みたいな存在なんだって

思った。

ただの自己嫌悪かもしれないけど、俺にはそ

う聞こえた。

女を見ると、どうせみんな、俺をそんなふう

に思ってるだろうと思えてきて、嫌いになっ

た。



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