crocus

上矢さんの部屋から自分の旅行バックを取り、乾燥機にかけてもらった昨日のワンピースを着て、ピッピッと裾を引っ張った。

これで帰る準備は万端だ。

ふっと一息吐いて、再びリビングへ抜ける扉をノックしてからゆっくり開くと、上矢さんと目が合った。

「せっかくだから若葉ちゃんも一緒に食べ……あれ?その格好……」

上矢さんの悲しそうな声に全員の箸が止まり、若葉へ視線が集まったところで、まずは昨夜からの非礼を詫びた。

「昨日からお騒がせ、ご迷惑をおかけしてすみませんでした!」

ぶんっと頭を下げ、ほんの少しの時間にもかかわらず心から笑った昨夜からの記憶を反芻しながら顔を上げていく。

見れば上田さんや上矢さんの目は心なしか涙で潤んでいて、他の店員さんも若葉の言葉を待ってくれていた。

「見ず知らずの上に……ずぶ濡れぐしょぐしょの怪しい私を泊めてくださってありがとうございました!このご恩はいずれ必ずお返しします。……では、失礼します!」

「……ばだぎでぐでるよでぇ?」

上矢さんは唇を噛み締めてひぐひぐと嗚咽を堪えながら言った。上手く聞き取れなかった言葉に困っていると、少し不貞腐れた表情の琢磨くんが通訳してくれた。

「……また来るよな?……だってさ」

「……はい……きっと……」

自分のことを快く思っていない店員さんもいる前で、再び訪れる約束をするのは無神経だと思われないだろうかという考えが一瞬頭を過り、結果的に言葉を濁らせた。

チラリと『けいすけ』さんを見れば、感心なさそうにズズズーと味噌汁をすすっている。

お口に合っているようで良かった。心底安心した若葉は、にやけそうになるのをグッと抑えた。


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