crocus
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ベッドが置かれているだけの薄暗い部屋で、若葉は光沢のある高級な木製の椅子に座り、窓からぼんやりと外を眺めていた。

遥か遠くを見つめてもクロッカスの屋根が見えることはない。でも、確かにあの向こうへ行けば行き着くのだ。

今日は金曜の夜、みんなは今日もバンド演奏をしているのだろうか。

眼鏡屋さんのおじさんは、お酒を控えるように言われているけど、靴屋のおじさんに誘われてまた飲みすぎてしまうかもしれない。

サラリーマンの谷川さんは、違う会社でOLの美月さんに一目惚れしたらしいけど、今日こそ告白しているかもしれない。

いろんなシーンの『かもしれない』は、常連さんの数だけ自然と浮かぶ。

若葉はクロッカスで最後に必ず演奏される『crocus』の歌詞のフレーズを小さく口ずさんだ。

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