crocus
目覚め
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「おいおい、まさか今度は奈緒子に頼んだ例の彼だっていうのかい?」
腰に手を当てて、鮫島のおっさんは、もううんざりだと言わんばかりに吐き出した。いちいち勘に触る仕草だ。
琢磨は目を細め、嫌悪感たっぷりに鮫島を睨みつけてから、再び恵介と先生を見た。
「…頼んだ…ってどういうことなんです?」
「それは……」
ドアをしっかり掴んで離さず詰め寄る恵介と、俯いたまま言葉を濁す先生。確か、先生は…恵介の父ちゃんが好きで…、料理の指導をその息子である恵介に頼んでいたらしい。
今までの俺だったら、恵介の話だけを聞いて判断し、先生をひどい人だと思ったかもしれない。だけど、今は先生の観点も聞かなきゃ真実は分からないと思っている。だから先入観なしに見ていられる。
そんな考え方は若葉に教えてもらった。
「私が、君に近づくように頼んだんだよ。…橘…恵介くんだったかな?」
先生の変わりに答えたのは、鮫島だ。
「どうして僕の名前を知っているんですかね?」
恵介はいつも通りすかした笑顔で尋ねるが、目が笑っていない。それは、鮫島も一緒だ。
「僕には君と同じ歳の息子がいてね。その子に私立中学を首席入学させたかったんだよ。ある筋から調べれば、君が有力候補だと聞いて…それでね」