crocus
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車の窓には見慣れていながらも夜の布を纏った街の景色を、次々に流していく。
赤信号で停車し、窓から趣のある時計塔を見上げると日付がもうすぐ変わろうとしていた。
若葉の中にあるモヤモヤの正体は、きっとお爺様に対してのものだ。鮫島さんが抱えていたお父さんやお母さんへの思いは、お爺様と似たようなものだと思う。
きっと今でもお父さんを憎み恨み続けている。娘を連れ去られ、挙句の果てには無残な姿で再会したお爺様の悲しみはとてもとても想像できない。
その憎しみは、ひたすら若葉に向けられてきた。
けど、お爺様の心情を思えばそれには耐えられた。
お父さんの血を受け継いでいる自分は、お爺様にとっては嫌悪する対象でしかないのだから。
それでも2人の娘であることを自分だけは誇りに思っていた。
けれど鮫島さん達が和解出来た様子を見て、安心すると同時に羨ましいと思う自分もいた。
お爺様も、とどこかで期待してしていることが嫌だった。
最愛の娘を亡くしているお爺様の悲しみの深さを知っているのに。
どうしようもないことだってあると分かっているのに。
浅はかな期待をしている自分の両頬をパチンッと叩いた。
「うおいっ!どした、若葉?」
恭平さんが目を見開いて尋ねてきたので、「蚊がいたので…」と少し無理のある理由を言えば、恭平さんは本気にしてしまい「っんだと?若葉ちゃんの血を啜りたいなんて、蚊めぇぇぇ!」と怒り、目を皿にして探し始めた。
「ずいぶん早生まれの蚊だね」
「う、あ…はははは」
恭平さんの隣で鼻を鳴らして笑った橘さんには、やはりというか お見通しのようだった。