crocus

「ありゃりゃー、これはまたハデにやってくれたねー」

間の抜けた声は、扉から体を傾けてこちらを笑って見ている男のものだった。陽気な雰囲気が駄々漏れの男はヘラヘラしながら歩み寄ってきた。

「やばっ」

呆気に取られていたせいで今さらになって気づく。
ここは花屋で、あの男は店の人間だ。

慌てて立ち上がり急いで逃げようとするも、一瞬ピンッとシャツが伸びる力を感じた。即座に見下げれば、女の子が何食わぬ顔でシャツを握り締めていた。容易く折れそうな小さな手に見えて、子供の力はなかなか強い。

「ちょ、離せってば!かまってる暇は…」

肩に重さを感じた途端、全身濡れているにも関わらず冷や汗が吹き出たのが分かった。いつの間にか真横に男が立っていた。相変わらず男は満面の笑みだ。でもその中からそこそこの威圧も受け取った。

「おいで?」

「おいでー」

「あっ、おいっ!ちょ、引っ張んな!」

細い体をしてるくせに、肩を掴む男の手は相当な筋力の持ち主だということは、ケンカに明け暮れている自分にはすぐに判断できた。密かに女の子も子供特有の体温を伝えながら、伊織の手を引いていた。


「よかったぁ…!服ピッタリだ。いつもの普段着が高そうな服に見えるのは君が綺麗だからだろうなぁ。羨ましいなぁ」

何故こんなことに…。

目の前では絵本に夢中な女の子と、椅子に座りにこやかに話しかけてくる男。

なにより素直に風呂を借りて、男の服を借りている自分に驚きだ。

「あら、ホント!とっても上品な顔立ちね?」

鍋掴みを両手にはめて、湯気の立つ土鍋を持っている女の人がキッチンから出てきて、開口一番にそう言った。

そっくりそのままその人に返したい程、その女性こそ気品漂う容姿だった。エプロン姿でさえ、様になっていた。


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