crocus

誤解と2つの条件

                       ***

オーナーさんは懐かしむ眼差しをお爺様の背中に向けたまま、若葉が幼すぎて覚えていない出来事を話してくれた。

「自分の家に戻ったその後も、悠一さんの花屋で時間が許される限りバイトをしました。高校も真面目に通いだしたので、ほんの少しの時間でしたけど」

「あの時の高校生は、君だったんだな。話したことはなかったけれど、健太を連れて花屋に行ったときに見かけていた」

「僕は若葉ちゃんと一緒に遊んでもらった記憶が、うっすらと……」

鮫島さんと健太さんが記憶の中にオーナーさんを見つけたことを話せば、オーナーさんもコクリと顎を下げた。

「私も覚えています。月に数回、お見えになっていましたよね?健太くん達に至っては、若葉ちゃんと結婚の約束をするくらい仲良しだったわよ?」

あ……、思い過ごしじゃなかったんだ。

若葉がぼんやりと覚えていた健太さんとの会話について第三者から証言されたことで明確になった。

チラリと盗み見れば、頬を赤らめている健太さんと目が合ってしまい、ドクンと鼓動が跳ねた。

「ゔんっ!……それから?」

2人の戸惑いの視線を断ち切るかのように咳払いをしたお爺様は、オーナーさんに話を続けるように促した。目線を逸らすに逸らせなかった若葉は、そのことに少しばかり感謝してしまう。

「それから……悠一さん一家と交流を続けながらも高校を卒業し、大学に進学した私は大学2年の終わり頃、3ヶ月ほど海外留学しました。……悠一さんと千春さんが亡くなったと聞いたのは、帰国してすぐのことでした」

そう言ったオーナーさんの拳が震えていることに気づいて、若葉は無意識の内に近づき、そっと手の平を重ねていた。

自分自身の行動に驚くけれど、オーナーさんは口角を緩やかに上げてくれた。そして前を向き直ると、また澄んだ声を響かせた。

「葬儀に参列することも出来なかったことを心底悔やみながらも、まず真っ先に気になったのは、若葉ちゃんのことです。お爺様のところにいることはすぐに分かりましたが……会わせてはいただけませんでした、ね。その後、花屋に行けば看板もないもぬけの殻。ただ建物だけがそのままありました。そこでやっと事故が事実なのだと、理解しました」


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