crocus

表示してある文字からは、琢磨くん本人が実際に話しているような声が頭の中で再現されて聞こえてくる。

『オレ、笑い声変じゃなかった?本当は喋れるんだけど、自分の声が聞こえないって変な感じで正直、恐いんだよね』

そうか。聞こえないっていうのは、そういうことも不安にさせるんだ。

若葉は琢磨くんが安心するようにと、急いでボタンを押して返事をした。

『全然変じゃなかったですよ?いつもの琢磨くんの笑い声でした。私、すごく安心したんです。でも無理して声を出さなくていいですからね?』

携帯電話を返しながらニッコリ笑えば、琢磨くんが少し頬を赤らめながら笑い返してくれた。

そして一際真剣な表情をした琢磨くんは、手の平を見せると小さく揺らした。

……これはきっと「ちょっと待ってね」の意味かな。

やはりその通りだったようで、カチカチという音はしばらくの間、止まることはなかった。

その間ぐるりと部屋を拝見すれば、琢磨くんはゲームが好きなのだろう、幅の広い棚には家庭用ゲーム機が数台と、ズラリと並んだソフトのパッケージ。

さらにその上の段には、マンガ本もきちんと整頓されて配置されていた。

何気なしにマンガのタイトルを目で追っていれば、視界にいっぱいに携帯電話の画面。

驚いて隣を見れば、どこか覚悟を決めたような琢磨くんの真摯な瞳に目を奪われた。

文の書き出しを軽く黙読すると、「聞こえなくなる」現象の核心に触れる内容の文章ではないかという気がした。

携帯電話を持つ手に緊張が走るも、琢磨くんには失礼だけれど、心のどこかで嬉しいと思ってしまう若葉がいた。

少しは信頼してもらえている気がして。

そう思えば更に人事ではないと、誠実に向き合いたいと強く望み、深呼吸をしてから読み進めた。


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