惣。

(幕間) 撹乱。


「穂群?寝てる?」
穂群の部屋を覗き顔を見せたのは、ドラマの長期ロケから久々に帰宅した眞絢であった。

「ああ…帰ったのか…」
夏場であるにも関わらず、寒気と節々の痛みを感じ、穂群は部屋のベッドでブランケットに包まっていた。

「うん。ただいま…惣は?劇場?」

「ああ…」

「何か欲しい物ある?珍しいよね?穂群が寝込むの」
穂群の額に手を当てて眞絢が笑う。

「そうだな…」

「暑いからって…お風呂上がりに裸ででもいたの?」
少し思い当たる節のある穂群の顔は眞絢
の問いに赤くなる。

「あ…いや…まぁ…」

「じゃあ寝冷えかな?ちゃんと寝てなさい…」
勘の良い眞絢は何か察したかもしれない
が、そう言い残すと部屋を出て行く。

(これが風邪か…)
穂群は自分の額に手を当ててみた。
額の裏側がズキズキと痛む。

これまでの長い年月の中で、病に掛かる事など無かった。
指を切れば痛い…血が流れる…。
寝ぼけてタンスの角で足の小指を強打すれば涙が出るほど痛い。
俗に言う(怪我)はするし、痛みも感じる。

(惣が幼い頃、寝込んでいた風邪とは…こんなに苦しい物だったのか…)
そんな事を考えながら熱のフワフワした感覚と薬の眠気で、浅い眠りに陥る。

幼少の頃の惣には…
生涯を女形で通した祖父、父や兄の様に可愛がってくれる伯父の眞絢。
祖父や眞絢の抱えた弟子や付き人。
そして、そんな祖父や眞絢に対しても、対等に接する穂群が周りに居た。

母親の千雅は、俗に言う一般人である惣の父親と早くに離婚し、惣を祖父達に任せ、再婚し海外で暮している。


「惣…早く着替えを…そろそろ出番なのだぞ?」
不器用ながら穂群も惣の面倒を見てくれていた。

「いやだ…」

「早く、その園服を脱いで衣装に着替えなくては…」
通い始めたばかりの幼稚園を早退させられ、機嫌の悪い惣が楽屋の隅で膝を抱える。

「なんで…僕だけいつもすぐに帰らなきゃダメなの?」
大きな瞳に涙を浮かべて問う。

「どうして…と言われても…それが惣の仕事だからだ…ろうか?」
穂群も思わず迷った様子を見せる。

「子供なのに仕事するの?」
数日前の遠足に行けなかった事を根に持っているのだ。

「これは、惣にしか出来ない大切な仕事だぞ?」
惣と穂群の様子を気にした眞絢が、舞台袖から戻って来た。

「お兄ちゃん…」

「惣が居ないと幕が上がらないんだぞ?だから戻って来た…」
見え透いた嘘だったが眞絢が並べる。

「本当に?」

「惣が出ないなら代わりに…って、みんな狙ってる」
三人の様子を心配そうに見ている弟子達に眞絢が片目を閉じて合図する。

「そうですよ…私が出ても良いですか?」
口裏を合わせて弟子の一人が笑う。

「…どうする?惣?」
優しく穂群が頬の涙を拭う。

事ある毎に…
こうやって宥め透かして舞台に上げて居た惣も成長し、役者と言う家業を理解出来る様になっていた。

しかし、まだ、穂群の事は知らされていなかった。
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