惣。
第一幕 煙管。

四月下旬、(学業優先)が過言では無く、ここ数代の依野(いの)家の者や部屋弟子の若者も、大学や大学院に進学している者が多い。
かく言う、惣も(難関)レベルの大学に在学している。

「惣…久しぶりだな!」
その帰りに久振りに出演する興行の台本を受け取りを兼ねた顔合わせの為に劇場に立ち寄った。

「そうだな…都織は地方興行だったの?」

「ああ、じいちゃんの襲名二十周年の関西巡業」

惣の幼馴染、阿久納 都織(あくな とおる)である。
義務教育終了時から舞台に真剣に取り組んでいる。
所作の美しい娘役の舞踊や、正統派な若者の役に定評がある。

「穂群は?」

「家に居る…俺は大学の帰り」

「顔合わせに来たって事は、今回は出るのか?」

「ああ…夜の部の舞踊だけな。都織は?」
惣は受け取った台本を開く。
今回の演目は、昼が引窓(ひきまど)と紅葉狩。
夜の部が白浪五人男(しらなみごにんおとこ)と、惣が舞う藤娘である。
「紅葉狩と菊之助」

都織の祖父を始め、俗に言う大御所や惣達、若手も一同に介して簡単な台本合わせを一度行う。
「惣、眞絢のVTR観て合わせていらっしゃい」
所作の演出者が惣への総括を伝える。
「ありがとうございました」
深々と頭を下げて惣は後ろに下がる。
男子だけが継ぐ事が出来る、この少し変わった世界で、惣は異色と言えない事も無い。
一般家庭出身の父親と眞絢の姉になる母親との間に生まれた。

「惣、帰るのか?」

「ああ…」
都織が駆け寄って来る。

「眞絢おじさんのやってる菊之助(のVTR)あるか?」

「あると思うけど…取りに寄る?」

「いいの?なら…久々に穂群にも会いたいし、眞絢おじさんにも会いたい」
人懐こい笑顔で都織が惣の後に続く。
この距離感は昔から変わらない。

「穂群は居るけど…兄ちゃんは舞踊公演で留守だぞ」

「じゃあ…しばらくは穂群と二人?」
劇場に隣接した地下鉄の駅に向かう。
若手の二人は、いつも地下鉄で移動する。
「そうだよ?兄ちゃん海外公演行ってるから」

「へぇ…で?」

「ん?で?…って?」
数駅分の乗車。
二人は吊り革につかまる。

「穂群とだ…二人なんだろ?」

「そうだけど…穂群だぞ?」

「お前達って…付き合ってるんだよな?」
改めて確認する様に都織が惣を見つめる。

「?…俺はそう思ってるけど…」


「ただいま」
鍵を下駄箱の上に置き二人がリビングへと入って来る。

「お帰り…都織も一緒か?」

「久しぶりだな穂群…何してたんだ?」
ダイニングテーブル一杯に広げられた物に目をやる。

「仕事だ…私の仕事と言えばこれしかなかろう」
書き上げた札を指で挟んで見せる。

「護符?」
何処まで都織が穂群の事を知っているかは不明だが、お互いに気にした様子も無い。
二人の関係を気にする位なので(梨園を陰で支える仕事をする惣の恋人)位の認識なのだろうか?

「ああ…新調した持ち道具があるらしくてな」

「へぇ…」
穂群の横に座り書かれた護符を手に取る。

「欲しいのか?必要なのだろう?都織」

「最近、新しい物を手に入れたんだ…」

「そうか…永く付き合って行ける物になると良いな」
都織の空気を感じ取った穂群が笑う。


「あったぞ…十年前位の映像だけど」
資料部屋の様な扱いになっている眞絢の部屋から惣が出て来る。

「サンキュー、お前のも見つかったか?」

チラリと穂群がDVDの演目に目をやる。
「今回は白浪五人男に出るのか?」

「そ。菊之助…惣は藤娘だってさ」
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