惣。

「都織の曾祖父殿の菊之助も美しいと評判だったのだ」

「曾祖父さん?俺の?立役だけじゃなかったのか?」

「ああ…若い頃は娘役が評判でな…」

「…って、聞いた事があるんだよな?穂群」
慌てて惣が話に割り込む。

「あ…ああ、そうだ」
惣の割り込みの理由に気付いた穂群が話を合わせる。

「そうか…映像に残ってればなぁ…指先の動きの一つでも見盗むのに」
面白おかしくゴシップのネタにされる事もある都織だが、舞台や先代の話になると性根の真面目さが伺える。

こんな時の都織の表情は無垢であり、惣と同じく生まれた頃から都織を知る穂群はニコニコと見つめる。
もちろん、穂群は都織の曾祖父や、それ以前の先代にも会っているが彼等とは違う華やかさを都織は備えていた。

「都織、夕飯食って行く?」
腕捲りをしながら惣が言う。

「良いのか?」

「都織がうちに来ているのを馨殿は知っているのか?連絡だけは入れておけ…馨殿が待っているだろう…」
テーブルを片付けながら穂群も言う。

「ああ…穂群が作るんだ?」

「いや…私は料理などした事が無いが…」

「穂群の仕事は味見と配膳だよな」
冷蔵庫を物色する惣が背中で答える。

「なっ…最近は違う…」
いつもの穂群からは想像出来ない程に恥ずかしそうな顔で反抗する。

「ごめん、ごめん。そうだったな穂群…」
野菜室からレタスを取り出した惣は穂群に渡す。

「何?料理覚えたのか?」
対面式のカウンターから都織が覗く。

「いや…サラダ用のレタスを剥がして洗うのが穂群の担当なんだ」


「…こんなもんかな…熱い内に食べろよ」
手際良く惣は料理を仕上げた。
カウンターの上には有り合わせで作ったとは思えない料理が並ぶ。

「どうだ?惣の料理は美味かろう?」
嬉しそうに穂群が言う。

「そうだな…穂群は毎日食べてるのか?」

「馨ばあちゃんの料理を毎日食べてる都織には物足りないかもな」

「毎日が今日みたいでは無いがな…創作料理と言うか、実験的な時もある…」

三人は他愛の無い話で一時を過ごした。
好奇の目で見られがちな梨園の役者である二人も年相応の青年なのだ。
「ごちそうさまでした…またな穂群、惣」

「ああ、初日に会おう…都織の菊之助を楽しみにしている」

「気をつけてな」
惣達の自宅から近い場所に都織は祖父母と暮らしている。

「さて…と…」
玄関に鍵を掛け惣がリビングに戻って来ると、再び腕まくりをした穂群が食器と
格闘していた。

「代わるよ」

「そうか?私は残りの皿を下げて来よう」

皿を洗う間、穂群は惣の横に立ち様子を見ている。
惣も学校での話や稽古の事を話す。

リビングのパソコンがメールの受信を知らせているのに気付いたのは穂群だった。
「眞絢からか?」
料理が苦手な陰陽師は器用にパソコンを立ち上げ内容を確認する。

「んー?兄ちゃんからだった?」
手を拭きながら惣も覗き込む。

「ああ…初日は成功したらしい…」

眞絢からのメッセージには、舞踊公演が無事に開幕した事。
そして、惣の母親である千雅(ちか)が再婚相手と楽屋見舞いに訪れた事が書かれてあった。

「まぁ、こっち(日本)に帰って来るより近いしな…」
添付された写真を見て惣が苦笑いをする。
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