惣。
「ああ…この九十九年間…お前の待ち望んだ言葉を聞かせにな…」

(…言うな…)
火箸がたじろぐ。

「どうしてだ?俺なら耐えられないぞ?お前…それだけを怨念に変えてたんだな…」
少しだけ惣が悲しげな顔をする。

「惣…何を考えておるのだ?」
穂群の声すら聞こえていないかの如く、惣は続ける。

「お前に自覚は無くてもさ…今まで舞台に立つ役者を守って来たんだからな…」

(言うな…言うな…私はずっと…)

「知ってる…その場違いな所で待ってたんだよな?誰かに感謝されるのを…気付いてくれるのを…」

「惣?」
穂群は、握った浴衣の袖に再び力を込め
る。

「大丈夫…」
穂群に見せた顔に変わりは無い。
そのまま優しく穂群を振り解くと、真っ直ぐに火箸と向き合う。

(あ…)
振り解かれてなお、惣を繋ごうとする穂群を祠の主が止める。

(お願いです…このまま…)


「ありがとうな…舞台を守ってくれて…」
火箸の前で惣は深々と頭を下げた。

(今更…お前だけに述べられても仕方あるまい…)
吐き捨てる様に火箸は言う。

「だよな…でも…あの舞台に立って来た人間の血は遥かにお前より長く続いてる…」

(お前もそうであろう)

「うん…だから…俺が言うのが一番正しいだろ?」

(… …)

「あの時に…舞台に立ってたのは俺の曾々祖父なんだから…お前のおかげで俺も伯父も存在してる…」

「惣…」
穂群の声と同時に惣の形を模したモノが視界から消える。

惣は何かを拾うと、穂群と祠の主の元に歩み出る。
それは、コの字に曲がった火箸だったモノの姿だった。

「惣…お前…」
カタカタと穂群が震える。

(私と…共に…この祠へ…)
主が穂群の耳元で囁く。
(これからは…私が片割れを…)

「あ…ああ…」

(片割れの言った事は本当です…惣様の力…計り知れません…)
震えるだけの穂群に耳打ちすると主も姿を消した。

「穂群…真っ青だぞ?」
いつもの惣が穂群を支える…
しかし…穂群は意識を失い、結界が解けた。
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