あの子の好きな子



「そう、言われても、困ったな・・・」
「ほら!この漫画の主人公なんて先生と夏祭り行ってるしドライブもしてるし家にも遊びに行ってる!」
「そんな、漫画を出されても・・・」

私はかばんに入っていた愛読中の少女漫画を突き付けた。私は先生を好きになってから、本屋に行くと無意識のうちに先生と生徒の恋愛を描いた漫画ばかりを手に取るようになった。主人公には感情移入できるけど、全体的にそのテーマの漫画には突っ込みどころが多いというか、リアリティがないところに逆に空しくなることも多かった。結局、そういう類の漫画から得られることは、「ああ、わかるなあ」という同調だけで、先生に近付くヒントは得られなかった。自分で考えるしかない。

「先生。なにかひとつでいいから」
「え」
「なにか欲しいです。ひと夏の思い出」

みん、みん、み・・・。セミの鳴き声が一瞬止まった。それが私の発言に絶句したようだった。どうも私は言葉のチョイスが悪いところがあるだろうか。また妙に生々しい言い回しをしてしまって失敗した。

「おも・・・、あの・・・、思い出・・・」

ここにきて急に恥ずかしくなってきてしまったけど、今引いたら負けだと思った。私は顔が熱くなっていくのにじっと耐えながら、先生の返答を待った。先生は私の必死さを感じ取ってくれたのか、ゆっくりと、首を縦に振った。

「わ、わかった」

それは私の気迫に折れたような返事だった。意気込むあまり一人で立ち上がっていた私は、その返事を聞くと崩れるようにすとんと座った。ラウンドを終えてリングのコーナーに座り込むボクサーのようだった。

「・・・打ち上げ花火、見よう。それじゃ、だめか?」



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