あの子の好きな子
バサっ。
後ろの方で、なにか本が落ちる音がした。その音に驚いて、先生の手をぱっと離した。二人同時に振り返ると、先生が山積みにしていた文献の一番上の一冊が、床に落ちていた。
「・・・・・・」
それを見て、しばらく口を開けていた。先生と私は、そのあと一度顔を合わせると、なんとなく席を立って、距離を作った。
「先生、これ、落ちた本・・・」
「ああ、どうもありがとう」
本を手渡しながら、今までのどの瞬間よりも心臓が早く動いていて具合が悪くなりそうだった。ついさっき、先生の手を握った時はあんなにまっすぐに先生の目を見れたのに、今は先生の後ろ姿さえ緊張して直視できなかった。先生はどんな顔をしているんだろう。私が先生の手を引き寄せて、目が合ったあの何秒間の間、先生は何を考えたんだろう。
「・・・あ」
「えっ?」
「終わったよ、花火」
「え、あ、ほんと・・・」
空は白いもやだけが残って、もう花火が上がることはなかった。一番最後の、一番盛り上がるところを見逃してしまった。先生は、湯のみをかちゃかちゃと片付け始めた。
「久保、手は大丈夫?」
「あっ。はい。全然、なんともないです」
「そうか」
自分の手をぎゅっと握った。さっき触れた先生の湿った手の感触が残って、鼓動がおさまらない。私の胸の中でだけまだ花火が上がっているみたいに、心臓はおおげさにびくんびくんと震えていた。