あの子の好きな子



「久保のこと、迷惑とかそういう風には考えないよ」

前にも同じようなことを言われた。センセイは、セイトのことを迷惑に思ったりしない。

「だけど、その・・・ほら」
「なんですか」
「なにをどうしても、久保に、特別な感情を抱くことはできないよ」

これも、似たようなことを言われたことはあった。私を特別扱いすることはできない。特別視することはできない。だけどこの時初めて、私は先生にきっぱりとふられたような気分になった。

「僕は別に決めた人がいるわけじゃないし、そういう人を作る気がないわけでもないよ。でも・・・久保が何をしても・・・何を言っても、久保を特別な意味で好きになることはないんだよ」

私の心もぎゅうぎゅうと苦しかったけど、先生の顔はもっと辛そうだった。先生の言葉は胸に突き刺さるぐらい悲しくて、私はなにか熱いものが体の下の方からふつふつと湧き上がる心地がしていた。私は、先生が開いた教科書のページを一枚めくりながら、口を開いた。

「・・・・・・可能性が、ゼロ、ってこと?」
「・・・ああ」
「ふーん・・・」

ぺらり。準備室に、教科書をめくる音だけが響いた。ぺらり、ぺらり、ぺらり。私と先生の記憶を辿る。純粋に先生が好きで、準備室でただのんびりと過ごすことが幸せだった。部活でのいざこざで苦しかった時、先生が助けてくれた。ゆっくりだけど確実に、好きな先生から好きな人に変わっていって、先生の指に触れたくなった。先生に会えなくなることが嫌で、駅で先生のこと何時間でも待てた。花火色に染まる先生の頬が愛おしくて、どうしても先生が欲しくなった。先生の手を捕まえたあの時、先生と私の時間が止まったあの瞬間を最後に、先生は私を執拗に遠ざける。目を糸にして笑う顔も、あのとぼけた顔も、もうしばらく見ていない気がする。

これ以上、先生を失くしたくない。


< 122 / 197 >

この作品をシェア

pagetop