あの子の好きな子



「わかりました」

教科書を閉じた。先生の顔を見上げたら、苦しそうな顔をしたままだった。きっと先生は、私のために、きっぱりと言おうとしてくれたんだ。それだけはよくわかった。私は、視線を教科書に落として話し始めた。

「もう、好きだなんて言わないし、触ろうともしないし、無理なお願いしたりしない、から・・・」

だんだんと涙声になりそうで、一度咳払いをした。先生の前ではもう二度泣いている。先生の前で泣いてしまう度に、自分は子供だと言っているようで、それが先生との距離を感じさせて嫌だった。もう意地でも泣きたくない。

「だから・・・、前みたいに・・・」
「うん」
「前みたいに・・・ここにいて欲しいんです、ここにいて・・・お話するだけで、いいから」

本当は、先生のことを諦めるつもりなんてない。先生のことはきっとずっと先も好きだし、触れたいし、無理なお願いも聞いてほしい。だけど嘘をついてでも、篠田先生との時間だけは守りたかった。それが、私を生徒というカテゴリーに結びつけることと同じだとわかってはいたのに。

「ああ。もちろんだよ」
「・・・・・・」
「久保?」

先生は、うつむいた私が泣いているのではないかと思ったんだろう。私の顔を覗き込む先生に、本当は抱きついてしまいたかった。

「ありがとうございます」

顔を上げた私は、いつもの笑顔を作った。その時、ずっと辛そうな顔をしていた先生が、少しほっとしたような表情になって、私がほっとした。先生を好きなことが、いつからこんなに苦しくなったのだろう。先生のそばにいることがただ幸せでたまらなかったあの感覚を思い出したくて、私は笑った。心はちくちくと痛かったけど、またこの場所で、先生と他愛ない話ができるのなら。そう思ったから―――

守れそうにない約束をしてしまった。先生を、諦める約束。



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