あの子の好きな子



広瀬くんは、保健室の前まで来たらじゃあと言って帰って行った。私は保健室の先生にどうしたのか聞かれて、一体なぜ保健室に来たのかを一瞬忘れてしまった。消毒されて絆創膏を貼ってもらうとすぐに教室の前に戻った。広瀬くんはさっきみたいに座ってティッシュの花を作っていた。まるで興味なさそうに私の方を見て言う。

「もういいのか」

素っ気ない。言葉は乱暴だし、愛想もない。だけど、広瀬くんがとてもあたたかくて優しい人だというのは、ぺちゃんこに潰れたティッシュの花を見ればすぐにわかった。さっき私の怪我にすっ飛んできた広瀬くんに踏まれてしまった花が2、3個、潰れたままそこにいた。

「うん。大丈夫。広瀬くんどうもありがとう」
「お前、下手くそだから花びら開く作業だけやれよ。とめたら渡すから」
「うん。ありがとう」

私はさっきまでのどくんどくんとした動悸よりも、ほっこりしたあたたかい気持ちでいっぱいだった。きっと今伝えたかったのも、私が下手くそで不器用だということじゃなくて、危ないからもうホチキスは使うなっていうことだよね。

「ねえ、広瀬くん」
「なんだよ」
「学園祭の日さ、どうするの?」
「別に。出席とったらどっかでぼうっとしてるよ」
「私も一緒にぼうっとしてもいいかなあ、今日のお礼もするから」
「ふーん、期待しとく」

パチン、とホチキスが音をたてた。勇気のいることをさらりと言えてしまったのは、私の中で広瀬くんへの想いがぱんぱんに膨れ上がって、一時的に盲目になっていたから。広瀬くんの作ったティッシュの束を一枚一枚開きながら、祈った。
いつかは、広瀬くんの一番の女の子に。
いつか絶対、なれますように。

すごく胸が苦しくて、頬が熱くて、少しだけ幸せな気持ちになる。久しぶりの「恋」の感覚に、私は心躍っていた。そうだ、こんな風だった。こんな風に、胸がぎゅうっとする感じが、恋だった。

私がこの感覚を思い出すよりもずっと前から、広瀬くんも同じ魔法に苦しんでいたなんて。この頃は全く考えもしなかった。ましてやそれが別の誰かにだなんて、私はちらりとも考えていなかったのだ。


< 13 / 197 >

この作品をシェア

pagetop