あの子の好きな子



「ねえ先生、宇宙のこと考えてると、なんだか気持ちが楽にならない?」
「うーん。どういうふうに?」
「宇宙って、すごく広大で、地球なんかものすごくちっぽけでしょ。ていうことは、ちっぽけな地球の、ちっぽけな日本の中にいる、ちっぽけな私の悩みごとなんて、もうほとんどチリみたいなものだなって思うんです」
「あはは、それはいい精神療法だなあ」

先生が笑う。
ねえ先生。先生といることだって、そうだよ。
先生がそこにいて、いつものようにぼんやりしているだけで、私はとてもほっとする。周囲の目、世の中の喧騒が先生のまわりでだけはふっと静かになって、穏やかな気持ちになる。すべてのことを、何でもないよという風に笑う先生の笑顔があれば私はいつも元気になれた。

先生が、ほっとする人から好きな人になったのはあの日だった。本当はもっと前から好きだったし、好きだから準備室に通っていたんだけど、確実に私の中で消すことのできない恋心が芽生えたのはあの日の夜だった。春が終わって、夏が来ようとしていた。

「魔性だよね」

私が部員からそんな言われ方をするようになったのは、その日から1カ月ほど前からだった。原因は、ピカピカの1年生には似つかわしくない、男女のいざこざだった。テニス部の同じ1年生にカップルがいて、私はその彼女の方と同じクラスだったから、二人の仲も良く知っていた。それなのに、次第に彼氏の方が私にしつこく言い寄ってくるようになった。私はもちろん拒否したし、彼女のことを大事にした方がいい、こんなのはおかしいと注意をした。彼は何を思ったのか。腹いせなのか、言い訳なのか、彼女に対して私に言い寄られたと嘘をついた。彼女は私を敵対視するようになって、私がいくら否定をしてもわだかまりは解けなかった。

「あ、来た、しっ」

私が部室に入ると、1年の女子がひそひそ話をぴたっとやめる。何を言われているかはわかった。もともと仲がよかった子たちは私を信じてくれていたけど、部活動の中でその子たちにまで気まずい思いをさせているのが申し訳なくて、私から避けるようになった。

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