あの子の好きな子



「久保は勉強熱心だなあ」
「もう、全然わからないんだもん。生物は、哺乳類とか爬虫類とか、ああいう分類をしたところまでで精いっぱいです」
「先生は遺伝も身近で面白い方だと思うよ」
「・・・ねえ、先生は、いつから理科が好きになったんですか?」
「昔から好きだったよ。小学校の頃は実験の授業が大好きだったし、大学での勉強も楽しかったなあ」

私は、申し訳程度に授業の質問をすると、そのあとは決まって他愛のない会話をした。眠くなりそうな先生の話のテンポに耳を傾けながら、両手で頬杖をついてのんびりと過ごすのが幸せだった。先生の学生時代の話を聞きながら、もしクラスに先生がいたらどんな風だったろう、それでも私は好きになったのかな、と考えた。

先生はまだ26歳。ほんの4年前までは、大学生だったんだ。私服を着て学校に通って、友達と「おう」とか挨拶をしながら、授業を受けていたんだ。そう思うと、先生と言ってもちょっと大きなお兄さんぐらいに身近に感じられる。
5年前だから、私は小学校を卒業しようとしてる時。私がようやく中学生になった、まだまだ幼い子供だったあの頃に、先生はもう社会人になっていたのか。そう思うと、やっぱり遠い存在のような気もする。

授業中の50分間は、先生は間違いなく先生だ。だけど放課後のこの時間、地学準備室で話す先生は、なんだかただの26歳の優しいお兄さんに見えた。

「先生が一番好きな分野って、何ですか?」
「うーん、難しいけど、やっぱり地学かな」
「地学って、地層とか、石とか・・・?」
「そう。他にも、惑星とか気象変化とか」
「惑星!宇宙のこと?私、星の話好き。先生、今度の授業は、星の話がいいなあ」
「ダメだよ、まだカリキュラムにはないんだから」

先生は楽しそうに笑った。先生の、笑うとなくなる目が好き。先生はそのぼさぼさ頭をもう少しすっきりさせて、着ているものももう少し小奇麗にしたら、もっとさわやかになると常々思っていた。でも今の先生が先生らしいし、変に好青年になって生徒の間にファンが出てくるのも嫌だった。私は先生がみんなからいまいち人気がないことにほっとしていたし、そんなことをちっとも気にしていない、先生の飄々としたところにも惹かれていた。


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