魔王と王女の物語
やわらかなローズマリーの手。

…あの頃はこの手を握っていつも…


「…俺は…」


言いかけた時――


がちゃんっ


室内から何かが割れる音がして急に我に返ったコハクが手を離して慌てて中に入ると、棚に飾られていた花瓶が割れて床に飛び散り、ラスが破片を拾っていた。、

コハクは肩で息をつきながらラスの隣で膝を折ると頭を撫でた。


「怪我するからやめとけって。俺がやるから」


「ごめんなさい…綺麗な花瓶だなあって思って触ってたら手が滑って…」


うなだれるラスに笑いかけながらヤカンに火をかけたローズマリーは、隣に腰かけながら頬杖をついてラスの顔をじっと見た。


「うちの不肖な弟子が迷惑をかけてないかといつも心配してたのよ」


「不肖な弟子って…コーのこと?ううん、迷惑とかかけてないよ。とっても優しくて、私の方こそいつも迷惑かけてて嫌われないか怖かったの」


「お、おいチビ…恥ずかしいからやめろって!それに不肖じゃねえよ、優秀な弟子だったろうが」


「あらそう?小さかった頃はよく悪戯ばかりして…」


――破片を全て拾い終えたコハクが手を翳すと花瓶が元の形に戻り、ラスはそれに瞳を輝かせながら立ち上がると2階に通じる階段を指した。


「2階を見てもいい?」


「いいわよ、階段が急だから気を付けてね」


2人が仲が良いことが嬉しくて、にこにこしながら急な階段を上がって、ひとつしかない部屋のドアを開けて中に入ると…


「……ベッドが…ひとつ?」


――小さな部屋には小さなデスクと本棚、そして小さなタンス…


そして窓際には、ベッドが1つ。


まさか…コハクとローズマリーはこのベッドで一緒に寝ていたのだろうか?


「…やだ…」


「チービー、どうした?」


いつの間にかコハクが追いかけてきていて、ラスが肩越しに振り返ると顔色が悪いことに気が付いて、ベッドを指した。


「顔色が悪いぞ、ちょっと横になれよ」


「!やだ!絶対いや!」


「?チビ…?どした?」


たっと駆け出して1階に下りて、驚くローズマリーの脇をすり抜けて外に飛び出した。

涙が滲んだ。
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