spiral

「大丈夫」

そうして強がることだけ上手になった。

「帰ってきてね、お兄ちゃん」

お父さんとお兄ちゃんが出かけてしまった、その路上。あたしはもういない二人を、いつまでも見送ってた。

 気づいたのは、頬に雨粒が当たった瞬間。かなり長いことそこにいたみたいだ。

「入らなきゃ」

階段を一人、上がっていく。鍵を開ける音がやけに響く。

静かな部屋。一人なんだと、嫌でも思わされる。急に寂しくなったけど、それを飲み込むのも慣れている。

「……平気」

また呪文を繰り返す。平気、大丈夫。それを繰り返すことで、自分が強くなった気になってる。

(本当は弱いくせに)

わかってても、そうしなきゃいけない環境だった。

洗面所に行き、固まってしまった。

「いつもならお兄ちゃんがうるさいくらいに言うのにな。うがいしたか?手は?って。まるで、普通の親みたいに」

思い出すと顔が緩んだ。本当に口うるさいんだもん、お兄ちゃんって。

持ちかけたコップ。洗面台に置き、バスルームに向かった。

少し熱めにお湯を張り、ザブンとお湯に浸かる。なんでかお湯に浸かっていると安心する。

「は……ぁ。気持ちいい」

縁に腕を組んで、顔を乗せ目をつぶった。時折聞こえる滴の音が心地いい。

(お兄ちゃん、どうしたのかな)

月命日なんていつものことなのに、今日だけ様子が違って見えた。

あたしを見てくれない。ママのことで暴走してたかな、あたし。呆れちゃったのかな。

「もう……妹じゃないとか、言われちゃう……の、かな」

じんわりと涙が浮かぶ。汗と一緒に流れていく。

「お兄ちゃん」

疲れていたんだと思う。知らないうちに寝てしまった。バスタブに浸かったままで。

 ガタガタと音がして、遠い意識の向こうから何かが冷たい場所に自分を引っ張っていく。

「マナ!」

「……ん、寒い」

ぼやける視界。体が濡れてて、寒くって。それから、なんだろう。

「何やってんだよ、お前は」

あぁ、お兄ちゃんの声だ。寒かったはずなのに、温かいものが触れた。

視界が少しずつクリアーになっていく。

ここは部屋で、それからお兄ちゃんが怒ってて。それと、タオルを持ってあたしを拭いてて。

「……お兄ちゃん」

「いっとくけどな、お前の裸に変な感情持つことなんかないからな」

何も聞いてないのに、先に言われた。

体が起こせない。あたし、どうしたんだっけ。

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