spiral

あの場所はここからは少し距離がある。前のアパートからは結構近かったけどね。

「……はっ、はっ」

息を切らせ、急げ急げと急かしたてる。急がなきゃ、シンもきっと不安だろうし。

途中の踏切がじれったい。なんでこんなに長いの。

もうすっかり日も暮れて、本当にあの時みたい。ゆっくりと増えていく街の明かり。

「お兄ちゃん、待ってて」

あの景色の空気になれるかなって思って、あたしはあの場所で落ちようとした。

「行かないで、どこにも」

お兄ちゃんへの言葉を呟きながら走っていく。こんなに走れたのかって驚くほどに。

寒い空気。口から流れていく、真っ白い息。雪が降り出しそうな寒さ。

「あたしを守るっていったもん。ずっとって、いってくれた」

そうじゃない。たまたまそこにいるだけ。そういい聞かせたい気持ちもあるのに、嫌な予感の方が大きい。

「いっちゃやだ。いかないで」

どんどん子供みたいになっていく。お兄ちゃんへのあたしの態度って、いつもこんなもの。

「おにい、ちゃ……ぁん」

凌平さんが第六感が反応してないっていった。けど、やっぱり不安。怖い。

お兄ちゃんは死を選んだりしない。お兄ちゃんの家族の死があるから、選ばない。

心のどこかでそう思ってても、どこでどう変わるかわからないもの。

「いか、ないで」

やっとあの場所へとたどり着く。ひんやりした階段。それを勢いつけて上がっていく。

ブーツの靴音が永遠に続くように響いていく。

あの時、この階段をのぼりながら思ってた。絞首刑の刑を執行する場所に向かうみたいって。

「違う。お兄ちゃんは、お兄ちゃんは」

お兄ちゃんに会う前から、もうぐちゃぐちゃだ。頭の中も、顔も、感情も。

「は……っ、ん、はっ。あ、はっ、はっ。……シ、ン」

非常階段しかここは鍵が開いてない。あたしも知ってる。そのドアの前で、シンが泣き崩れてた。

 駆け寄って、シンを抱きしめる。

「マナ……っ」

抱きしめ返す腕の力は弱い。互いに不安を払拭しあうかのように、抱きしめあう。

「お兄ちゃん、あっち?」

そう聞けば、「行けば分かるわ」とだけ返す。

重たいドアを開け、非常階段へと進む。目の前の階段にはお兄ちゃんの姿がない。

「まさか、もう?」

反射的に手のひらで口を押さえた。でもそれも、すぐに離すことになる。

「なにか聴こえる」

そう。かすかにだけど、歌声が聴こえてきたんだ。聞きなれた声。

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