spiral

「背中の方は、あたしが拭くわね」

「うん、ごめんね」

「いいのよ。そういう時は、ただありがとうっていうようにしなさいな」

お兄ちゃんがよくいう言葉だ。

「うん」

なんだか嬉しくなって、ニコニコしながら背中を拭いてもらってた。

「たっだいまー……って、何、これ」

あたしとシンを見て、凌平さんの顔つきが変わっていく。

「おかえりなさい」

何も考えずにそう声をかけたあたしに、シンがタオルを手渡す。

「あれ、背中ってもう終わり?」

シンにそう声をかけた瞬間、凌平さんがレジ袋を床に落とし、部屋に入ってきた。

「続きは俺やるから。留守番ありがとね」

シンを睨みつけて、リビングへと追いやる。部屋のドアを閉め、ドアの前で立ったままあたしを睨む。

「ん、と」

何かしたのかな、また。

「悪いけど、これは覚えておいてくれる?」

「あ、はい」

着替え用のパジャマで胸を隠しながら、凌平さんを見つめる。

「そういう格好、シンでもダメ。見せないで」

「あー」

そういうことか。自分がよくても、周りが嫌な時もあるのね。

「本当に覚えて!あと、雰囲気に流されるのも禁止」

そういってあたしの手からタオルを取って、背中を拭いてくれる。

「ほら、早く着替えちゃおうよ」

ダルさで体が動かないあたしの代わりに、ボタンまで留めてくれる。

「ちょっとだけ待ってて。雑炊の前に、食べさせたいものあるんだ」

部屋を出て、シンに何か言い、しばらくするとまた戻ってきた。

「これ、食べさせたかったんだ」

持ってきたのは、すりおろしたリンゴ。

「はい、あーんして」

「え、自分で食べる、から」

凌平さんってこんなに甘やかす人だったの?部屋の向こうで、シンがこっちみて笑ってるし。

「は、恥ずかしいです」

「なんでさ、いいじゃん」

あたしの照れなんて見なかったことにするみたい。

「あーん」

繰り返し、あたしを見つめたまま待っている。

(とにかく一回食べれば納得するよね)

パクリと一口食べると、甘酸っぱい味と香りがした。

食べたことないのに、懐かしい味。

「美味しい?」

コクコク頷くと、凌平さんがどんどん口に入れてくる。

「自分で食べられるから」

そう何度言っても、凌平さんの手が止まることはない。

「頼むからさ、今日だけ。今日だけ、好きにさせて」

その表情がやけに寂しそうで、好きにさせてあげることにした。

「……ごめんね」

そういい、最後のひと匙まで食べさせてくれた。

< 207 / 221 >

この作品をシェア

pagetop