解ける螺旋
部屋に入ると、樫本先生は私をリビングに通してくれて、自分は奥の寝室に入って行った。
スーツを脱いでラフな服装で戻って来ると、立ち尽くしたままの私に視線を向けながらキッチンに入って行く。


「で、話って何」


お湯を沸かしているのか、冷えた部屋の空気が少しだけ温かくなった様な気がする。


「え、えっと……」


聞かれても返事に困った。
話なんて口実だし、聞きたい事は聞ける訳がない。


「あ、あの。学会、どうでしたか」

「……」


コーヒーを淹れたカップを二つ手にしてリビングに入って来た先生が、なんとも微妙な表情を浮かべた。
私も自分で自己嫌悪に陥る。
これじゃあ話があるなんて嘘だと言ってる様なもの。
あんな大胆な事をして部屋に上がり込んでる手前、本当にそういうつもりで来たんだと思われたらどうしよう。


「……学会、ねえ」


呟く様に言って、樫本先生は私にカップを一つ手渡すと、自分はソファに向かって歩いて行く。


「真新しい発表は何もなかったけど、学生の論文のレベルがちょっと高かったかな。
おいで。その封筒の中にレジュメが入ってるから」


カップに口を付けて、先生が軽く目線で私を促した。
テーブルの上に放り投げられた封筒を目にして、私も言われるがままにソファに座って封筒の中を見る。


「あ、ほ、本当ですね。
実験データも面白いし、このまま進めて行ったら面白い論文が出て来そうな……。
え? きゃっ……」


半分惰性でレジュメに目を通していた私の肩を、樫本先生が強く引き寄せた。
慌てて顔を上げると、先生が目の前で私をジッと見つめている。
< 160 / 301 >

この作品をシェア

pagetop