解ける螺旋
きっと、誰も口には出さなくても、その可能性は感じていたんだろう。


私と妻は、犯人が要求した大金を簡単に用意出来る様な生活をしていた訳ではない。
私達は生態学を研究するただの学者で。
事件の少し前にストックホルムで行われた学会で、発表した論文が評価された、と言う程度の知名度しかなかった。


学生時代から共に研究を続け、後に結婚して家庭を築く様になって、最愛の娘が生まれても。
私と妻は研究の手を緩める事無く、この学会で発表した論文は、確かに自信を持って発表した物だった。


その報奨金を手にはしたけれど、身代金目的で娘が誘拐される程、大金だった訳じゃない。


ただ、この成功を足がかりに、更に生態学の研究に日々を費やす。
何も変化のない日常が戻って来る事だけが幸せだと思っていた。


――そんな日常すら、認められなかった世界。


恐らく娘は友人の息子の『代わり』だったんだろう。
身代金目的の誘拐だと言うのなら、財閥の息子を狙う方が定石だ。


この家から出て歩いていた娘は、この財閥の娘だと勘違いされたに違いない。
本来はきっと、友人の息子が狙われる事件だったんだろう。


そしてそれを、当人の息子も感じ取っていた。
< 4 / 301 >

この作品をシェア

pagetop