主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
晴明が含み笑いを浮かべて玄関に出て来た時、息吹は道端で転がり回って腹を見せている猫又の腹を撫でてやっていて、顔を上げるときょとんとした。


「父様?なんだか嬉しそう…」


「そうかい?まあ多少楽しいことはあったが…さあ帰ろう」


「はい。主さま…またね」


「ああ」


息吹と主さまが一瞬見つめ合うと、事情を知らない猫又は息吹の足首に尻尾を巻き付けながら後ろ足だけで立ち上がり、息吹を見上げた。


「どうしたにゃ?主さまの顔が変にゃ?」


「え?!う、ううん違うよ。じゃあね猫ちゃん。また明日来るね」


急いで牛車に乗り込むとすでに乗せていた赤子を膝に抱き、晴明は息吹の隣に座って扇子を開いた。


「で、詳しい話はまだ聞いていないのだが…十六夜とどこへ行っていたんだい?」


「えっと…幽玄町じゃない所に行ってました。途中雨に降られてお寺に避難したんだけど、楽しかったよ」


「ほう?十六夜は様々な誘惑にちゃんと耐えていたかい?」


「ぬ、主さまは変なことしませんっ。1年間変なことしないって父様と約束したんでしょ?」


――確かにそんな約束をしたような気がする晴明は、息吹の頭にぽんと手を置くと欠伸をした。


「したはしたが…守れるかどうかは甚だ疑問だが、どうだい?十六夜を殺したりしないから言ってごらん」


冗談を言うと息吹の顔が真っ白になり、晴明は声を上げて笑った。


「ち、父様…」


「冗談だよ、冗談。私は私でこれから忙しくなるから、十六夜の傍に居て守ってもらいなさい。だが心だけならともかく、身体を許してはいけないよ」


「は、はいっ。大丈夫だよ、主さまは助平だけど約束は守ってくれるから!」


“さて、十六夜の方はどうかな?”と意地悪なことを考えながらも平安町の屋敷へと戻り、そこで庭に佇んでいる銀を見つけた。


ふわふわの尻尾と耳がぴょこぴょこと動いていて、何やら庭の池の人魚と談笑していたようだったが…こちらに気付くと息吹に笑いかけた。


「少し寄ってみたんだが会えてよかった。ちょっとその子を抱かせてもらえないか」


「うん。銀さん大丈夫?少しやつれた?すぐ準備するからご飯一緒に食べていって!」


提案してみたが、銀は首を振って赤子を受け取ると、にこーっと笑った赤子に笑い返しながら息をついた。


「もう行く」


巻き込めない。
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