主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
移動したことで疲れ切っていた萌を軽く抱き上げたのは、晴明だった。

…萌は困り顔の美女で、晴明は女遊びの噂こそないが色男で有名で、しかも裕福で人望もある男だ。


実際問題萌の頬もほんのり赤くなっていたので、息吹は途端にそわそわしながら後をついて行った。


「私だけで大丈夫だよ」


「う、ううん、ついて行きます。萌さん、足りない物があったら遠慮なく言ってくださいね。気付いた限りのことは全部したつもりだけど…」


「いいえ、ありがとうございます。何か何まで本当に…」


「私の娘は世話好き故気にせずに。食事は一緒に摂ろう。息吹もその方が嬉しいだろう?」


「はいっ」


返事をした時ぽつぽつと雨が降って来たので萌と相模を離れに案内した後晴明と2人で庇の下に非難すると、部屋に入ったはずの相模が出てきた。


「相模?どうしたの?」


「お母ちゃんをゆっくり寝かせてあげたいから…その…一緒に居てもいい?」


「いいよ、じゃあ貝遊びする?」


「それ女の遊びじゃん。でも付き合う」


歳の離れた弟ができたような気分になった息吹がはしゃいでいるのを瞳を細めて見ていた晴明は、懐から真っ新な紙を取り出すと紙に向かってぼそりと話しかけた。


「息吹に男の気配が」


話しかけた後人差し指と中指で紙をなぞると紙は鳥の形に変化し、幽玄町の方へと飛び立った。


「父様?どうしたの?」


「いやいや、悪戯を仕掛けただけだよ」


「?」


腕組みをしてにやつきながら晴明が母屋に戻り、そして晴明が悪戯を仕掛けた相手は、その鳥…式神がやって来たのを不吉に思いつつ掌に留まらせた。


『息吹に男の気配が』


「…なに?」


晴明の声そのもので喋った式神が主さまの掌の中でくしゃりと丸まった。


…ただでさえ息吹が急に来れなくなったことでいらついていたのに。


「主さまどうしたんですか?」


「…今日は息吹が来ない」


「あの子…赤子のお乳はどうやって手に入れるつもりなんですかねえ。あたしちょっと行って来ますよ」


「…俺も行く。……殺してやる」


息吹に近づく男は全て――


――肝心の息吹は主さまが殺気立っていることにも全く気付かず、相模と貝遊びをしていた。
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