主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
雪男は主さまの屋敷の地下室の氷室に住みついていた。

晴明は主人を失った地下室に雪女と共に入って戸を閉めると、泣き続ける雪女に肩を竦めた。


「もう気付いたか」


「ええ…。私の息子は…氷雨は…死んだんですね…?」


「…息吹のために死のうとしていた。元より最初からそのつもりだったらしい」


人と妖との間に生まれた雪男――

性格はどちらかといえば人に近く、息吹の教育担当になるまでは何に対しても無機質で、皆と深く関わるのを避けていた節があった。


…が、息吹と共に過ごしていくうちに表情が増えて、言葉数が増えて、そして愛を覚えた。


「ああ…私…独りになってしまった…!」


何もかも氷漬けの部屋の隅には氷でできた寝台があり、氷でできた箱には息吹が小さかった頃に一緒に遊んでいた氷でできた遊具が沢山詰まっていた。


だが…

夫を失い、ひいては息子まで失ってしまってさめざめと泣く雪女に同情しているかに見えた晴明は…急に笑い出した。


「ふふふふ」


「…何がおかしいの…?」


「実は隠していたことがある」


「…?」


寝台に座っていた雪女が氷の涙を流しながら顔を上げると、晴明はさも自慢げに懐に手を入れると、雪女が驚愕するものを取り出して見せた。



「晴明…!そ、それは…!?」


「雪男だ」



晴明の掌には、一粒の氷の粒が。


しかもそれはただの氷の粒ではなく、確かに魂を内包していた。



「氷雨…!」


「私の術は雪男の身体が完全に溶けてしまう前になんとか間に合ったようだ。こんな姿で申し訳ないが…時をかければまた元の姿に戻ることができるだろう。それはいつになるか…1年後か。はたまた10年後か、100年後か」


「いいえ…いいえ、いつまでも待っているわ!晴明…ありがとう!氷雨…!氷雨…!!」



晴明から小さな氷の粒…雪男を受け取った雪女は、大切に掌で包み込んで頬ずりをした後晴明に抱き着いた。


「よしなさい、私には山姫と言う愛しい女が…」


「こんないい男を山姫が振るはずがないわ。行って来て」


「しかし雪男がまた元の姿に戻れば十六夜と再び諍いを起こすやもしれぬな。ふふふ、楽しみだ」


微笑を浮かべて物騒なことを口にして晴明が氷室から出て行く。


雪女はずっと氷の粒を見つめていた。

ずっと――
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