他人任せのジュークボックス
 Hymenopus coronatus──

 分類はカマキリ目ヒメカマキリ科。

 和名“ハナカマキリ”。

 私はクローゼットから服を取り出すたびに、この昆虫を思い浮かべる。

 ハナカマキリはその名の通り身体を花に似せている。

 いわゆる擬態(ぎたい)というやつだ。

 それは天敵から身を守るためでもあり、また“餌”を捕獲しやすくするためでもある。

 私にとっての服は、それに似ている。

 ううん、服だけじゃない。

 髪型であったり、化粧やアクセサリ、果ては言動もこれと同じ。

 すべては、世間の目から身を守るためであり、また“獲物”を捕獲しやすくするためだ。

 うっとうしく伸びた髪を高い料金支払って縮毛したり染めたり毛先をそろえたり。

 好きな香りと逆のベクトルを主張するパフュームを振り撒いて。

“恋愛”という戦場を渡り歩くために。

 例えば、合コンの席だったとする。

 男のために食べ物を取り分けて“やる”のもひとつの“策”にすぎない。

 けれどそれだけではだめ。

「あ、それもらってもいい?」

 と甘えることも忘れちゃ駄目。

 本当はくだらない男の自慢話なんてこれっぽっちも興味ないし出来れば食事はじっくりと美味しい食べ物と向き合って食べたい派。

 それでも会話はおろそかに出来ない。

 何故なら私は“食事”にきているのであって“食事”にきているのではないから。

 合コンの席での“食べ物”はお刺身やなんこつの唐揚げではなく、イケメンだからだ。

 だからこの場合の会話は“腰で”する。

 顔を向けるだけでは駄目。

 腰をひねって上半身から相手の方を向く。

 それだけで格段に印象が良くなるし“ウケ”もいい。

 もちろん胸元を広めに開けた服で。

 立ち上がるときや笑うときは太もも辺りを軽くタッチ。

 吐き出す言葉は「へぇ~なんだかスゴいですね」で大体OK。

 もちろん、ニッコリ笑顔を忘れずに。

 表情筋をこのときばかりはフル稼働。

 絶世の笑顔でもって最後の一押しをするのだ。

 そこに『本当の自分』というものは必要ない。

 ただ獲物を狩るためだけに、あらゆる『素顔』を掃き棄てるのだ。

 そう──



──見返りに美人の衣を手にするために。

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