絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 タイミングを見計らったかのような来客に少しホッとする。
 それにしても、来客とは珍しい。多分みんな、ここの住所はほとんど教えていないのだろう。誰かが来客を伴ったり、あるいは、招いたりしているところを今まで一度も見たことがない。
「誰かな……」
 宅配便ならロビーから内線で連絡があり、承諾するとフロント係りがサインを代行して部屋まで届けてくれるシステムになっている。
 レイジはすぐに立ち上がるとモニターで相手を確認した。
「どちら様ですか?」
『おはようございます。BMW本店から参りました高井と申しますが、商品の納品に参りました』
「納品?」 
 レイジはそう呟きながら、香月の方を見る。
「なんか車会社の人が来てるけど、車買ったの?」
「え? あっ、えっ?? 車……」
 完全に忘れていたことを今思い出す。車ってまさかもしかして……!?
「えっ、どんな人が来てるの?」
 ピアスそっちのけで、モニターへ向かう。
「BMだよ? 車買ったんじゃないの?」
「……買ったというか、いや……でも私じゃないかも」
「あの、誰宛ですか?」
 レイジはマイクに話しかける。
『香月様です。香港のオウ セイリュウ様よりご注文いただきました商品を、只今納品にあがりました』
「……」
「誕生日プレゼント?」
 レイジは香月に問うが、香月はそこから動かない。
「……ちょっと着替えてくる」
 眉間に皺を寄せるレイジをよそに、さっと自室に入り、Tシャツとハーフパンツに髪だけ梳いてすぐに出た。そして素早く玄関を開ける。
「今回はご注文いただきありがとうございました」
 営業マンは営業スマイルとは思えないほどの明るい笑顔を振りまく。
「あ、はぁ……」
「お車の方はお申しつけ通り、駐車場203番へ駐車してあります」
「駐車場……?」
「はい。オウ様よりご要望がありまして、今回特別に当社が東京マンションの駐車場203番を10年契約で貸しきらせていただきました。それから……」
「じ……」
 営業マンはこちらの驚きに気付きながらもにこやかに話を進める。
「当社はエネクスと契約がありますので、そちらで給油できるクレジットカードもお持ちしております」
「えっ!?」
< 172 / 314 >

この作品をシェア

pagetop