絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
「……さあ……窮地に立たされたらどうなるか……」
「そうじゃないよ。そういうのは普段の生活のときと一緒。窮地に立たされて泣き喚くような人間は、普段何もない時も言うことを聞かない」
「そんなことはない。冷静に判断するような落ち着いたタイプではないが、相手のことを少しずつ理解していくタイプかな……」
「うまくいけば、相手にあわせていくだろう。そこで脱出できる方法があればいいが」
「こちらから助ける方法はないのか?」
「車が割り出せてもな。携帯は電源を切られている可能性が高いし」
「いや、コール音は鳴っている」
「じゃあ、その辺に捨てられたんだろう。連絡をよこしてこないということはそういう可能性が強い」
「……」
 会話が現実に近づけば近づくほど、息苦しくなる。
「待つのはしんどい。忘れることもなかなかできない。そういう時は考えないほうがいい」
 坂野咲はこちらを見てはいない。
「そんなわけにはいかんだろう……。責任を感じるし……心配だよ……」
「お前が心配するのはいいことだと思うよ。誰かが心配してやらないと、解決するものも解決しなくなる。家族は?」
「よくは知らないが、心当たりがないから同じ感じだと思う」
「……心配だな。とにかく、本当に拉致されていたのだとしても、何も起こってなければいいんだが……」
「そうだな……」
「帰ってきたら、お前が着いてやってた方がいいんじゃないのか?」
 考えさせられる質問に、大袈裟に間が空いてしまう。
「真剣に考えてるな……」
 奴はにやりと笑う。
「……かえって……来たらな」
「帰ってくるさ。人間、そんな簡単になくならないもんだよ」
「そうか?」
 いつも人の死をみてきている奴の言葉には重みがある。
「強いよ、人間って。分からないもんだよ」
「……そうか」
「……あぁ」
「……何か、食べようかな」
 腹が減っていたわけではない、ただ言葉に詰まったので言っただけなのに、
「とりあえず焼き鳥にするか」
 ずっと考えていただろう、坂野咲は即答した。
「なんか、気が晴れた」
「それは良かった(笑)」
 やっぱり奴は他人事のようにさらっと笑ってメニューを広げる。さっきの真剣な表情がまるで嘘のようだ。
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