絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
「別に2人きりじゃないですよ(笑)。それに、それに……ロンドンも、もしかしたら、都合で行かないかもしれないし」
 レイジは最後はこちらを見ずに、
「別にいいんじゃない?」
 すっと立ち上がると部屋から出た。その無駄のない、簡素な動きが一体何を示すのか今は別にどうでもいい。ロシアだって、拘って行かなくてもいい。
 その日、暇だったから榊のことを考えてしまうのではない。もう今や榊のことを考えないことなどできない。そういう自分になってしまったのだ。
 榊が悪い。そうなるように、離婚という暗示をかけてきたのだから。
 午後11時、レイジが愛想をつかして出て行った自室で、携帯のカレンダーに目を落とす。
 榊はいつロンドンに着いたのだろう。絵葉書など一度も届いてはいない。それどころか携帯に電話もない。
 もしかしたら、ロンドンに行くなんてのも全部ウソで……。
 あるいは、全部夢で。
 なら、この手で、この機会に確かめるのみ。
 香月は携帯の電話帳の中から「榊」と登録された電話番号を出し、発信ボタンを押す。
 淡々と押した。
 何も考えずに。
 何を迷うことがある。
 もう、何もない。
 10回鳴らして出なかったら留守電に入れて切ろう。そう決めたのに留守電にならないので11回目のコールを鳴らしてしまった時、一瞬電波が途切れた。
 留守電に切り替わるのか、出たのか、緊張の一瞬。
『あー……。もしもし』
 時差のことを忘れていた。向こうは何時だろう。榊は掠れ声であった。
「あ、もしもし。私」
『……今……何時? ……12時くらいか……』
「え? こっち?」
『うん……』
「うんそう、11時半……、ごめんなさい、時差がどのくらいか分からなかったから」
『……そんな変わらないよ……』
「今、そっち何時?」
『うーん……いちじ、半』
「? 昼?」
『昨日徹夜だったから』
「うわ、ごめんなさい」
『いや、いいよ。どうした?』
 榊はすぐに目が覚めたようで、起き上がる着ずれの音が聞こえる。
「私、来月初めにロシアに行くことにしたの」
『何、旅行?』
 そう、突然全く関係ない話題から入っても、榊はいつも微動だにしない。
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