絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 

自分磨きのための社員総会

 エステで購入した補正下着が9万……。
 さて、そんなどうでもいいことを考えながら、午後の赤伝票確認の時間を、香月はぼんやりとすごしていた。
 実は最近、会社の女性陣はみんな浮き足立っている。エステに脱毛、ダイエットに補正下着、美容に関する話題はきりがない。しかし、それが2月の特徴ともいえる。
 2月最初の木曜日は社員総会と決まっている。外部からの来賓を招いてのホテルでの立食パーティ。毎年会長、社長、来客の挨拶の後、各賞の受賞者の発表、そして自由参加の2次会と、流れは同じなのだが、情報通の西野の話では、今年はとにかく来客が一流らしい。大手電気メーカー様はもちろんのこと、レジャー、自動車、飲食医療関係、若手が多いらしい。もちろんそこで狙いうちするのが、独身女子達である。
 玉越なんかその日のためにエステに通っている。特に、以前偶然知り合ったという自動車業界の若手社長が参加すると知ってからは目の色を変えて自身を磨くことに念入っている。
「人間は皆同じなんだけどね。だとしたらさ、地位とか名誉とかさ……」
 まあ、話せば長いのだがそういうことらしい。
 準備担当に参加名簿を確認してもらってはしゃいでいる女子は特に多かった。というか、私くらいなんじゃないのか、興味ないのは。
 私は……まあ、人並みに結婚したいとか、お金持ちがいいとか、希望はあるけれども。それよりも今は香港から送られてきた誕生パーティの招待状をどう断ろうか考えているところだった。
 一ヵ月後に開かれる、3月のバースデイパーティ。そんなのどうしろっての香港まで……けど、車を乗り回している以上、行かないわけにはいかない気がする。
 誰か一緒に来てって言いたいけど、阿佐子を誘うのもなんかなあって思いとどまっていたのであった。阿佐子を誘って、阿佐子が万が一誘われていなかったらどうしようという気持ちが消えない。
「香月ー」
「……はい」
 遠くから声をかけてくる宮下は、今日もスーツがばっちり決まっている。
「どうした?」
「え?」
「食事入れよ」
「あぁ……いえ、この伝票が終わってから……」
「早く入れ。その後すぐ入って面接するから」
 何をどうしたのか知らないが、突然店長が社員の規律を正すという名目での面接なんてものをするらしい。まあ、どうせ噂の不倫と横領がバレてそんなことになったのだろう。
 最近、役員と不倫をしていた社員が、横領をしてリストラされた。もちろん、社員一人が犠牲となって。
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