絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 何がどうなったのかなんて全く興味がなかったが、ほんの少し、好きになったことで生活全部が変わったら……と考えると不倫はやはり、怖い。
 とりあえず伝票の空白だけ埋めるとすぐに食事に入る。その後を追うように宮下もスタッフルームに入ってくる。
「食事の前に面接でいいか?」
「はい」
 場所は店長室でなはい。あえてスタッフルームの一角。小声で話せば誰にも聞こえないところに場所を作り、順次面接は行われているのである。
「香月は……あれだな。個人的に話することも多いから」
「あ、そうですね……」
 そういわれると、少し落ち込んでしまう。
「で……。最近はどう?」
「別に……どうもないです」
「そうか、ならいい」
「え、終わりですか?」
「ああ、香月のことは疑ってはないよ。もう行っていい」
 何……今……。
 宮下は、こちらを見ず、あからさまに遠くを見つめ、
「次、小野寺が来るからもう行っていい」
「あ……は……」
「い」もいい終わらないうちに小野寺はこちらに向かって歩いてきている。
 「疑っていない」ってどういう意味?
 わざと漏らした?
 それとも、単に口が滑った?
 こちらから尋ねるのを待っているのか……それとも、誰かが告げるのを予告しているのか……。
 玉越、西野、吉原、永作、佐伯……きっと誰に聞いても無駄だろう。そんな気がする。だとしたら……松岡、矢伊豆、仲村……佐藤……それはない。……宮下……。聞いて欲しい、という意味だろうか……。
 一瞬、真藤の名前も頭をよぎる。
 だが、彼は言わないだろう。もし、聞いて言うくらいなら、最初から何か理由をつけて言いに来ている気がする
 ……言いに来ている……。
 既に言いに来ていたか……。
 いや、それらはすべて妄想だ。
「香月?」
「え」
「どうした?」
 宮下はいつも通り、やはり、単に口を滑らせたか、何の意味もなかったか……。
 食事のあともこうやって様子を伺いに来ている。
 いつもと変わらぬ雰囲気で。
「いえ」
「ぼーっとしてる」
 だから……疑ってないって言った?
 逆に疑ってるって意味?
「……いえ」
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